FJK―夏休み1

 8月最初の火曜日。わたしは、都内の高級住宅地にそびえ立つタワーマンションのエントランスで、緊張に震える指先を握りしめていました。40階建ての最上階。そこが、ノアさんの住居兼アトリエです。

 なぜここに来てるかというと、7月20日のあの夜の翌朝、「僕の絵のモデルのアルバイトをしてくれないか」と正式に誘われたからです。

「処女を卒業した直後の、少女と大人の狭間にいる今のまゆちゃんを、キャンバスに残したいんだ」
 そんな芸術的な口説き文句に、わたしが頷かないはずがありませんでした。

 オートロックを抜け、高速エレベーターで最上階へ。エレベーターホールにあるもう一枚のセキュリティを通過し、ノアさん宅の重厚な扉へ。インターホンを押すと遠隔操作で鍵が解錠され、わたしはアトリエに入室しました。中には生活感の欠落した、白い壁の広い空間が広がっていました。
 高い天井。壁二面採光の窓から降り注ぐ、夏の強烈な日差し。窓に近づいて外を眺めると、上空にはギラギラと輝く太陽が、眼下には大都会の街並みが遠くに見えています。部屋の中央には描きかけの巨大なキャンバスと、使い込まれたイーゼルが鎮座し、微かに油絵具の匂いが漂っています。

「いらっしゃい、まゆちゃん。暑かっただろう?」
 奥から現れたノアさんは、白のTシャツにデニムというラフな姿。それがかえって彼の彫刻のような美貌を際立たせていました。

「お邪魔します。すごい、広いですね……」
「アトリエには邪魔なものを置かないようにしているだけさ。居間や寝室はもっとごちゃごちゃしているよ……その服装……」

 ノアさんがわたしを見て僅かに顔をしかめました。今日のわたしはノースリーブTシャツに際どいショートパンツというラフな服装です。外はとても暑いし、ノアさんは露出が多い服装が好きそう、着脱しやすいほうがいいのかな、などと考えた結果なのですが。

 それだけではインパクトに欠ける気がして両耳に大きなハート型のイヤリングをつけ、首筋にはタグ風のチャーム付きの金色のネックレスをかけています。両方とも近所の雑貨屋さんで中学生の頃に気に入って購入したプチプラ製品。使用する勇気が出なくてしまいこんでいたものです。

「えと……何か問題ありましたか?」
「真夏だし、若さをアピールするその普通のファッション、似合っているとは思う、可愛いよ」
「えっ? ありがとうございます」
 褒められたのは嬉しいのですが、まだ言いたいことがありそうです。
「……でもね。まゆちゃんはこれからもっともっと綺麗になって、ランキング上位を駆け上がりたいんでしょう? 『普通』『人並み』で満足するのではなく。そうなると話が違ってくるんだよ」

 そのあと、美味しいアイスティーをご馳走になりながら、ファッションについて長々と『アドバイス』と銘打ったお説教をくらってしまいました。

 曰く、「日焼け対策がなってない」、「露出は控えめにして『清楚な隙』を演出しなさい」、「服は骨格に合ったものを」、「アクセサリーが悪目立ちしてはダメ」、「汗をかく季節こそ香水の出番」などなど。
 わたしは内心「口うるさい親戚の叔母さんみたい」と思いながらも、わたしが美少女になることを真剣に考えてくれていることに、言いようのない幸せを感じていました。

「ファッションのことはまた考えるとしよう……そういえばピルは飲み始めたの?」
「はい、あの翌日すぐにお医者さんにいって処方してもらいました。もう一週間以上、服用し続けています。今のところ自分に合っている感じですし、ホルモンバランスも整っている気がします」
「それはよかった! ピルには避妊や生理痛やPMSの緩和だけでなく、ニキビ・肌荒れを改善する効果もあるからね……向こうの部屋で着替えておいで」

 通されたゲストルームには、7月のホテルでいただいたエメラルドグリーンの高級下着が用意されていました。わたしはあの日のことを思い返しながら服を脱ぎ、その一流ブランド品を身に纏いました。

 どきどきしながらアトリエに戻ると、ノアさんが窓際の日差しの差し込むソファを指し示しました。
「そこに座って。脚は崩していいけれど、背筋は伸ばして」

 言われるままにソファに腰掛けます。冷房が効いているはずなのに、肌がカッカと熱い。ノアさんは数メートル離れた位置にイーゼルを立て、鋭い眼光でわたしを見据えました。カツ、カツ、と木炭が紙を走る音だけが、静寂な空間に響きます。

――恥ずかしい
――ただ座っているだけなのに
 彼の視線が、まるで物理的な熱を持った指先のように、わたしの肌の上を這いまわっている感覚です。

「動かないで……うん、いい姿勢だ」
 デッサンの手を止めず、ノアさんが独り言のように呟きました。

「4月の頃のまゆちゃんは、自信のなさを隠すように背中を丸めていた。でも今はどうだ。猫背が矯正され、デコルテが美しく開いている。肩甲骨の位置も下がって首のラインが綺麗に見えるよ」
「はい、毎日『壁立ち』してますから」
「肌のツヤも素晴らしい。高級なクリームと、適切な水分補給の成果だね。血管が透けるような『白さ』に、内側から滲み出る血色が混じって、桃のようだ」

 褒め言葉の一つ一つが、わたしの脳髄を甘く痺れさせます。わたしは彼によって蛹から蝶へと脱皮し、これからもっともっと美しく変貌していくアゲハ蝶。その高みに到達するまでの姿が、彼の描く絵画として記録されていく――わたしは彼によって鑑賞される生きた美術品――その果てで、わたしは彼にとっての最高傑作となり、彼にとっての永遠の存在となるの……。

 その陶酔が、夏の強い日差しの下で、あられもない下着姿を視姦されている羞恥心を甘い悦びへと変えてくれます。

「顔の造作も洗練されてきた。メイクを変えたんだね?」
「あ、わかりますか? 今日は教えてもらった通り、引き算メイクにしてみました」
「正解だ。まゆちゃんの涼しげな目元には、濃いアイラインは不要だから。その透け感のあるシャドウが、まゆちゃんの儚さを引き立てている……唆(そそ)られるな」

 その言葉と共に、ノアさんの視線がわたしの下半身へと下がりました。エメラルドのレース越しに透けて見える秘部。

「VIOの脱毛も順調のようだね。まだ産毛が生えかけで、少し青々としているのが逆に生々しくていい」

 あられもない部分を凝視され、品定めされる羞恥。しかし、わたしはもう脚を閉じることさえできませんでした。
――もっと見て!
――わたしの変化に気づいて!
 そんな倒錯した欲求が、身体の奥底からこんこんと湧き上がってくるのです。

 下着のクロッチ部分が、湿り気を帯びていくのがわかりました。何もしなくても、ただ「見られている」という事実だけで、感じてしまっています。

「興奮しているのかい?」

 ノアさんがイーゼルの陰から、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見ました。すべてお見通しなのです。わたしの秘部が濡れていることも、乳首がレースを押し上げて硬くなっていることも。

「ごめん、なさい……わたし、変なんです……見られているだけなのに……」
「変じゃないよ。それがまゆちゃんの才能――『見られること』を『悦びの美』に変える才能だよ」

 ノアさんは木炭を置き、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきました。わたしの前に跪き、そっと太ももに手を置きます。

「でも、まだ完成じゃない。まゆちゃんの表情には、まだ『日常の残滓』が残っている」
「日常……ですか?」
「学校や親への不満、常識からの抑圧といった心の澱(よど)みだ。それら全てを洗い流して、ただ快楽だけを貪るまゆちゃんの顔が見たい」

 彼の指が、内太ももを這い上がります。

「この夏、僕の別荘で合宿をしよう。幾つかの異なる場所で、まゆちゃんをもっと『描きたくなる女』に成長させるための集中講義を行いたい」
「別荘での合宿……素敵……」
「親御さんには『リゾートバイトに行く』と言いなさい。実際に僕の別荘の清掃なんかもしてもらうから嘘にはならない……そうだな、この夏のべ10日間の『リゾートバイト』報酬として30万円出そう。今日のモデル代はもちろん別だよ。モデル代は1回2時間3万円。これから何度もお願いすることになるから、10回分まとめてこちらも30万円でどう?」

 その金額に、わたしは息を呑みました。
「総額60万円、ってことですか⁉」
「そういうこといなるね。契約が完了したら、全額前払いで現金で渡しておくよ」
「わぁ……それだけあれば、欲しかった新作のコスメも、秋服も、新しいスマホも、全部買えます!」
「ああ、そういうのは『雪野まゆ美少女化計画』の一環として僕が買ってあげる。だからバイト代は別のことに使いなよ……学校への寄付金とか、さ」
「……ありがとうございます、そうさせてもらいます」

 パパのリストラとママの不倫による離婚協議は泥沼化していて、わたしの通う名門私立校へのそうした支払いが滞っていたのです。ノアさんに先日愚痴ったばかりでした。きっとこのことが頭にあって、今回の提案をしてくださったのだと思います……単にお金をポンとくれるのではないことが、わたしの心情をおもんぱかってくれているようで嬉しい。
 でも、正直学校のことはどうでもよくて、この夏をノアさんと二人きりで過ごせるなんて……。

 ぼぉっとしているわたしのエメラルドのショーツの中にノアさんの手が滑り込んできます。
「契約成立のお祝いをしようね、まゆちゃん」
「……んっ、はい……コーチ……」

 夏の日差しが降り注ぐアトリエの白い空間に、わたしの喘ぎ声が響いていきます。まだ2回目ですから戸惑うことばかりです。はやくノアさんを満足させられるようになりたい。
 
 そんなわたしの思いに応えるような熱い快楽の季節が、すぐそこまで来ていました。

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