運命の日がやってきました。期末試験は散々の出来でした。この日のことでずっと頭が一杯で、勉強に全く集中できなかったのです……いえ、正直に言って、それ以前に私立進学校の授業のレベルの高さと進む速度に全然追いつけていませんでした。勉強のことはノアさんに相談しながらおいおい考えることにして、今はこれからのことに意識を高めます。
約束の午後3時。東京ミッドタウン八重洲の巨大なガラス張りのビルを見上げ、わたしは一度だけ深呼吸をしました。心臓が早鐘を打っています。7月20日。夏真っ盛りの猛暑です。シンプルなミニワンピースでも、額から汗が滴り落ちてきます。
――今日、わたしはこの上のホテルでノアさんに抱かれて、処女(おとめ)を卒業する
その決意とときめきを胸に、ノアさんに指導された通りに、背筋を伸ばして前を向き、堂々とエントランスをくぐりました。
*
ロビーの奥、柔らかな光の中に、その人は立っていました。
スマホの画面越しに何度も見た、色素の薄い美しい顔立ち。仕立ての良いリネンのシャツをラフに着こなし、周囲の空気まで浄化するような透明感――間違いありません。ノアさんです。
「――まゆちゃん?」
ふいに名前を呼ばれ、身体が跳ねました。
実物の声は、通話よりもずっと深く、子宮を優しく撫でるような、甘く官能的な響きでした。
「あ、はい! 雪野まゆ、です! 初めまして!」
「ふふ、そんなに緊張しなくていいよ……やっと会えたね」
彼が自然な動作でわたしをハグしました。どこか日本人離れした彼には、外国人のようなそんな動作がブルガリホテルのロビーで全く違和感がありません。
大きくて、温かい手と意外に筋肉質な彼の腕の中で、わたしはうっとりとして彼の胸に身体を預けます。画材の匂いと、高級な香水の香りが微かに漂いました。それが「ノアさんの匂い」だと認識した瞬間、緊張がほどけ、代わりに熱い想いが胸に込み上げてきました。
案内されたのは、「ブルガリ ホテル 東京」のデラックススイート。43階にあるその部屋は、わたしの家が丸ごと入りそうなほど広大でした。
リビングの二面の窓からは、皇居の緑と、東京のビル群が一望できます。床も壁も、洗練されたイタリアンモダンなデザインで統一され、置いてある家具一つ一つが美術品のようでした。
「まずは、お茶にしようか」
ルームサービスで運ばれてきたのは、見たこともないほど美しいスイーツと紅茶でした。ソファに並んで座り、他愛のない話をします。好きなスイーツのこと。期末テストが散々だったこと。このホテルが凄くてびっくりなこと。『雪野まゆ・美少女化計画』(恥ずかしいっ!)の進捗状況のこと……。
ノアさんは、画面の中と同じように、わたしのどんな些細な話も、目を細めて聞いてくれます。時折、手が触れ合うたびに、電流が走ったようにドキリとします。
――わたしは、今晩、この男の人に抱かれる
その恥ずかしさから逃げるように、わたしはとりとめなく話しつづけました。ケーキも紅茶の味もよくわかりませんでした。
ティータイムの後、わたしたちはプールへ向かいました。それもノアさんの優しさだったのだと思います。いきなり裸で対面するより、その前に水着姿で対面しておけば、緊張感が少しは和らぎますからね。
更衣室に用意されていた箱を開けると、そこには深い群青色の一枚布の水着が入っていました。 手に取ると、とろりと重たい独特の生地。
「『ロイヤルブルー』だよ。まゆちゃんの白い肌を一番引き立てる色だ」
ノアさんの言葉通り、身につけると、鏡の中のわたしの肌は驚くほど白く、発光しているように見えました。右肩だけのワンショルダー。腰の部分が大胆にえぐれていて白い脇腹が露わになっています。 ビキニよりも露出は少ないはずなのに、身体のラインが強調され、ずっと淫らに見えます。
でも、プールサイドに出た瞬間、息を呑み、そんな恥ずかしさは吹き飛んでしまいました。そこにあったのは、エメラルドグリーンの宝石を敷き詰めたような幻想的な水面。壁一面の窓から差し込む光が、水底のゴールドのモザイクタイルに反射して、キラキラと揺らめいています。エメラルドの水面に、わたしのロイヤルブルーの水着がとても映えます。
「綺麗……」
「そうだね。ここはまるで宝石箱だ。おいで、まゆちゃん」
先に水に入っていたノアさんが、水面から顔を出して手招きします。わたしは恐る恐る、エメラルドの水の中へ身体を沈めました。水温は心地よく、肌にまとわりつく感触が官能的です。
「泳ぐ必要はないよ。ただ、この光に包まれてごらん」
ノアさんが水中を歩み寄り、わたしの腰を抱き寄せました。水着越しの肌の接触。広い肩幅。濡れた髪。水滴るまつ毛。
至近距離で見る彼は、この世のものとは思えないほど美しく、目を反らせなくなったわたしは吸い込まれるようにずっと見つめてしまいました。
「まゆちゃんも今夜、このプールのように美しく輝くんだ」
「……はい、ノアさん」
その言葉は、神託のようにわたしの心に刻まれたのです。
プールから戻り、早めの夕食をいただきました。『イル・リストランテ ニコ・ロミート』というミシュラン三つ星が監修した40階にあるイタリアンレストラン。イタリア風前菜やミラノ風仔牛のカツレツをはじめ、運ばれてくる料理はどれも芸術的で、ほっぺたが落ちるほど美味しかった……はずですが、緊張してあまり喉を通りませんでした。これから裸になるのですから、食べ過ぎてお腹がポッコリ膨らんでいたら恥ずかしすぎます。ノアさんも「お腹がすいたらルームサービスをとるから大丈夫だよ」と気を遣ってくださいました。
「お酒、飲まないんですね」
ノアさんは炭酸水を飲んでいます。
「ああ、これからまゆちゃんで十分に酔えるから」
そんな気障なセリフを言われて真っ赤になっていると。
「……お酒は僕の両親の命を奪ったから、一生飲まないと決めているんだ」
寂しそうな声で囁かれました。
――ああ、この人も寂しいんだ……一緒なのね……
けれど、窓の外が茜色から群青色へと変わっていくにつれ、そんなシンパシーは闇に消えていき、わたしの鼓動は激しさを増していきました。
食事を終えて、エレベーター内で二人きりになった時には、心臓の音がノアさんに聞こえてしまうのではないかと思うほどの激しさでした。
部屋に戻ると、ノアさんが言いました。
「さあ、身を清めておいで。そうしたら、この下着を着て」
渡されたのは、大きなギフトボックス。中に入っていたのは、息を呑むほど美しい、エメラルドグリーンのランジェリー。繊細なレースと、滑らかなシルク。下着というより、高貴なドレスのようです。
「イタリアの最高級ブランド、La Perla(ラ・ペルラ)のMaison(メゾン)コレクションだ。フィレンツェの伝統的な刺繍技術、フラスタリオを用いた芸術品だよ」
ノアさんは愛おしそうにその布地を撫でながら言いました。
「カラーはエメラルドグリーンを選んだ。まゆちゃんの突き抜けるような白い肌に、深みのあるこの色は劇的に映えるはずだからね」
「はい……行ってきます」
彼の一方的な趣味を押し付けてくるのではなく、わたしに似合うかどうかを考えて選んでくれることがとても嬉しい。「愛されている」のではないかと錯覚してしまいそうです。ボックスを胸に抱き、そんな気持ちでバスルームへ向かいました。
中は広々とした石造り。丁寧に髪を洗い、身体を磨きます。鏡に映る自分を見つめました。6月の課題で処理した、ツルツルの秘部。マッサージで少しふっくらとした胸。白く、滑らかな肌。すべては、この夜のために。
震える手で、ノアさんから頂いたランジェリーを身につけていきます。
まずはブラジリアンショーツ。お尻が少しはみ出る大胆なカッティングは、わたしのコンプレックスである「大きくて垂れ気味のヒップ」を、逆に「肉感的でセクシーな武器」に変えてくれます。
次に、シルクサテンのバルコネットブラ。成長中の柔らかいバストを下から優しく持ち上げ、デコルテをふっくらと見せてくれます。シルクの光沢が、わたしの未熟な身体を「高級な贈り物」のように演出しているようでした。
最後に、ガーターベルト。実用性のためではない、装飾のためだけのアイテム。太ももの白さと、ストッキングの境界線を強調しています。これを見たら、ノアさんの嗜虐心を煽ってしまいそう。
ノアさんが用意してくれた下着は、驚くほどわたしにぴったりでした。肌の白さを際立たせ、高貴で少し妖艶な印象を与えてくれます。
冷やりとしたシルクが肌を滑り、レースが胸や腰に吸い付く感覚。鏡を見ると、そこには「地味な女子高生」ではなく、どこかの貴族の愛人のような、「妖艶な大人の女」が立っています。
――これが、わたし?
その姿を見た瞬間、これから行われる行為がただのエッチではなく、ノアさんとわたしの神聖な儀式なのだと思えてきました。
高鳴る胸を押さえ、深呼吸をして、バスルームのドアを開けました。
*
照明が落とされカーテンが開けられた高層階の広いベッドルーム。2面採光の外には東京の夜景が広がり、明かりが差し込んできています。
その薄明かりの中、ノアさんがベッドの縁に座って待っていました。わたしの姿を見た瞬間、彼が目を見開き、そして優しく微笑みました。
「とっても美しいよ、まゆちゃん! 想像以上だ」
その一言で、わたしの体温が一気に沸騰しました。
彼がおいで、と手を広げます。わたしは操り人形のように、ふらふらと彼のもとへ歩み寄りました。抱きしめられると、彼の体温と匂いが全身を包み込みます。
「ノア、さん……っ」
「いい子だ。怖くないかい?」
「怖く、ないです……ノアさんなら、大丈夫」
嘘ではありませんでした。この4ヶ月、わたしはずっと彼に導かれてきたのです。彼が痛くないと言えば痛くないし、気持ちいいと言えば気持ちいい。彼こそが、わたしのルールブックだから。
彼の手が背中に回り、ホックが外されました。シルクが床に滑り落ち、生まれたままの姿が露わになります。恥ずかしさで身を縮めると、彼が愛おしそうにわたしの頬を撫で、唇を重ねてきました。
甘い、とろけるような、ノアさんとのファーストキス。わたしにとっては人生初のキスでもあります。それが、こんなにロマンチックなシチュエーションで経験できるなんて!
頭の芯が痺れ、身体の力が抜けていきます。そのままベッドに押し倒されました。シーツのひんやりとした感触。その上に覆いかぶさる、彼の熱い身体。
「力を抜いて。まゆちゃんの準備が完璧なのは、僕が一番よく知っているからね」
彼の指が、6月の夜にわたしがひとりで練習した場所を、優しく割り入りました。緊張で乾いていることがわかると、身体をずらして彼の舌があてられ動揺します。
「ノアさん……そこ、汚い……」
「何を言っているんだい? まゆちゃんに汚いところなんて一つもないよ。それに僕がやりたくてやってることさ。だから気にせずリラックスして」
「……はい」
恥ずかしさに顔を手で覆い、目を瞑ってしまいます。充血して硬くなった真珠が、彼の舌で執拗に転がされ、舌先が固く閉ざされた花弁をこじ開けていきます。いつしか、わたしの秘所は、彼を待ちわびて恥ずかしい雫をこぼし続けていました。
「ノアさん、もう、ゆるして……まゆ、あたま、おかしくなりそう……っ!」
十分に濡れていることを確かめると、指ではない、もっと確かな熱を持つ彼の分身が、入り口に宛がわれました。
「僕を見て」
手をどけて目を開けると、すぐ目の前にノアさんの美しい瞳がありました。その瞳に、涙で潤んだ自分の顔が映っています。
「愛しているよ、まゆちゃん」
その言葉と共に、ゆっくりと、彼がわたしの中に入ってきました。
「っ、ぅ……!」
一瞬、鋭い痛みが走りました。身体が強張り、片手で彼を押し退けようとし、片手でシーツを握りしめます。挿入の圧力が腹部全体への鈍痛となって響きます。
すると彼は動きを止めて、優しくキスの雨を顔中に降らせてくれました。痛みなんてすぐに忘れるほどの、甘い愛撫。裂けるような感覚はすぐに消え、代わりに信じられないほどの充満感が押し寄せてきました。
「あ、っ……ぁ……」
空っぽだったわたしの中が、満たされていく。物理的にも、精神的にも。
――ああ、わたしは今、ノアさんのもの
痛みと、苦しさと、それを上書きするほどの幸福感で、涙が溢れてきました。
「泣かないで、まゆちゃん」
彼が動くたびに、身体の奥底から甘い痺れが広がります。
5月に覚えたローターの快感とも、6月に指で探った切なさとも違う。
もっと重くて、深くて、魂ごと溶かされるような熱。
「目を開けて僕を見て」
ヒリヒリとした摩擦熱を感じながら涙で潤む目を開けます。
「良い子だ。次は僕の名前を呼んで」
「ノアさん、ノアさん……っ!」
「次は、愛を叫んで」
「愛してる、まゆ、ノアさんのこと、すっごく愛してます……っ!」
「良い子だ……今日からまゆちゃんは僕のもの……僕の『Pet』だよ、いいね」
ノアさんが動くたびに、膣壁が擦り減らされるような感覚がしてわたしの思考力を奪います。
「うん、ノアさん、愛してる……ノアさん、ノアさん、ノアさん……!」
うわ言のように、何度も何度も、彼の名前を呼びます。
繋がった場所から、彼の熱がどくどくと流れ込んでくるようです。わたしの身体も心も、すべて彼の色に染め変えられていきます。わたしは、ノアさんに愛される『Pet』なんだ……。そう自覚した瞬間、膣内に焼けるような痛みを感じて、視界が真っ白に弾けました。
意識が遠のく中で、わたしは強く抱きしめられていました。耳元で聞こえる彼の荒い息遣いさえも愛おしい。体内に感じる熱と、ノアさんの胸の温もり。身体の内と外から彼の愛に包まれて、わたしは幸せな気持ちで眠りに落ちました。
