忘れられない彼だった

 指定された部屋番号のドアの前に立つ。 重厚な防音扉の向こうに元彼がいる。 心臓が肋骨を叩き折らんばかりに脈打っていた。私は震える手でノブを回し、その重い扉を開けた。

「……遅い」

 部屋に入った瞬間、空気が変わった。 薄暗い照明の中に、革張りのソファに深く腰掛けた元彼がいた。5年ぶりの再会。服が変わっているだけで、顔も身体も纏う雰囲気も、記憶の中に焼き付いている元彼そのものだった。

 私は反射的に持っていたバッグを床に落とし、その場に崩れ落ちるように跪いた。

「ご、ごめんなさい……ご主人様」

  言葉よりも先に身体が動く。額を冷たい床に擦り付ける土下座。 美術館で恋人と優雅に絵画を鑑賞しているはずの私が、ここではドアを開けた瞬間に、元彼の奴隷に戻っていた。

「顔を上げろ」

 恐る恐る顔を上げる。元彼は私を見下ろし、冷ややかに笑った。

「謝罪に来たんだろう? 口先だけの言葉はいらない。態度で示せ」

 その言葉の意味を、私が理解できないはずがない。震える手でワンピースのファスナーを下ろし、身につけているものを一枚ずつ脱ぎ捨てていった。 今の私には不要な装飾だ。

 一糸纏わぬ姿になった私は、カズヤさんに買ってもらった下着――『ミッドナイト・スキャンダル』を身に着けた。 布面積など無きに等しい淫靡な拘束具。バストを下から支えるだけのワイヤーには、重厚な鎖のチャームが揺れている。そこから上の布はなく、私の乳首は完全に露出してる。股間の布地があるべき場所には、大粒のフェイクパールが一列に繋がれているだけ。動くたびに冷ややかな真珠が秘部を擦り、強烈な違和感と予感に股芯が熱くなる。

 仕上げにバッグから首輪を取り出し、自らの手で首に巻いた。 カチャリ。 バックルが締まる音が理性のスイッチを完全に切り替えた。

  四つん這いになり、元彼の足元まで這い寄る。膝を進めるたびに、股に食い込んだパールが敏感なクリトリスをゴリゴリと愛撫し、吐息が漏れそうになるのを必死に堪えて、革靴のつま先に頬擦りをした。

「……よし。躾は忘れていないようだな」

 元彼は私の顎を爪先でクイと持ち上げ、淫らな格好を見下ろしたあと、ソファの上に仰向けになるよう指示した。

「検査だ。俺がいない間、どれだけ堕落した生活を送っていたのかチェックしてやる」

 天井のスポットライトが無防備に晒された私の肢体を照らす。元彼は私の両脚を無造作に掴み、大きく左右に割り開いた。 股間のパールが左右に引き攣れ、露わになった蜜口が蛍光灯の下で検分される。

 恥ずかしい。一番見られたくない場所を際どいランジェリーで装飾して捧げている屈辱。でもそれ以上に見られている興奮で、パールの隙間からとろりと蜜が垂れた。

 元彼の指が私の太腿を這い、パールの鎖を避けるようにして付け根の中心へ伸びる。指先がつるりと滑らかな私の秘部を撫でる。動きが止まった。

「……ほう」

 感嘆とも呆れとも取れる声。 そこには一本のムダ毛もない。「二度と生やすな」と命じられてから、毎晩のようにカミソリを当て続けていた。新しい恋人ができても。 まるで、元彼が戻ってくる日をずっと待ち続けていたかのように。

「今の男のために剃っていたのか?」

「ち、違います……っ! ご主人様のためです……ずっと、貴方様の言いつけを守って……」

「嘘をつくな。ずっと俺から逃げていたくせに」

「本当ですっ、信じて……ああっ!」

 元彼は私の言葉を遮るように、露出した乳房をペチリと叩いた。 剥き出しの突起に直接走る痛みと熱。

「……よく手入れされている。本当のようだな。俺がいない間も、お前の股間だけは俺の所有物だったというわけか」

 元彼はニヤリと笑い、バストの間の鎖を指で弄びながら、私のあられもない姿を褒めた。

「今の彼に本当に買わせるとは感心な奴隷だ。ご褒美に、たっぷり可愛がってやる」

 元彼の指が、パールの連なりをかき分けて容赦なく最奥へと侵入した。

「んぁっ、あぁッ!」

 優しい恋人の気遣うような愛撫とは違う。 私の快感など二の次で、ただ私の身体機能を確認するような、無機質で暴力的な指使い。 パールの粒がクリトリスに押し付けられたまま、内壁を抉られ、かき回されるたびに、脳髄が白く弾ける。

(これ!……これが欲しかったの……!)

 痛みと屈辱の中で、私は歓喜の声を上げた。 美術館の静寂なんてクソ食らえだ。 今の私は、SMホテルのベッドの上で、5年分の渇きを癒やすように、元彼に貪られている。

「いい声で鳴く。……さあ、本番はこれからだ」

 元彼が自身のベルトに手をかけた時、部屋の隅に放り投げていた私のバッグから、能天気な着信音が鳴り響いた。ポップソングの着信音が淫靡な空気を切り裂き続ける。 画面に表示されている名前は『カズヤ』。 このあられもない下着をプレゼントしてくれた、現実世界の優しい恋人だ。

 私は青ざめて、助けを求めるようにマスターを見上げた。

「……無視しても、いいですか?」

 マスターは意地悪く口角を吊り上げた。

「なぜだ? お前の痴態を彩る衣装のスポンサーだろう。出てやれ」

 元彼は私のバッグからスマホを取り上げると、通話ボタンを押し、強制的に私の耳元に押し当てた。そして自らの剛直を、真珠のネックレスが揺れる濡れそぼった秘部に宛がい、一気に根本までねじ込んだ。

「――っ!?」

「もしもし、梨杏? やっと出た」

  耳元からはカズヤさんの優しい声。 股間からは内臓を押し上げるような強烈な圧迫感。入り口では巻き込まれたパールが敏感な粘膜をゴリゴリと抉る。 私は悲鳴を飲み込み、必死に声を絞り出した。

「あ、うん……ごめん、ちょっと……手が離せなくて……っ」

「そっか。盛り上がってる? 久しぶりの友達と一緒だもんね」

 盛り上がっている? ええ、そうね。私の身体は今、貴方がくれた下着を着けたまま、貴方ではない男に串刺しにされて、最高に熱くなっているわ。

  元彼は私が電話に出ていることなどお構いなしに、腰を激しく打ち付け始めた。

 パンッ、パンッ!

 肉がぶつかる音と、胸元の鎖がチャリチャリと鳴る音が部屋に響く。

(だめ、聞こえちゃう……!)

 慌てて受話器を手で覆おうとするが、元彼に手首を掴まれ阻止される。

「ほら、答えろ。楽しんでいるか?」

  元彼が耳元で囁きながら、一番敏感な奥をズブッと突き上げる。

「あひッ! 」

「梨杏? どうしたの、変な声出して」

「な、なんでもないの……! ちょっと、足がつまずいて……ぁ、んッ!」

 嘘をつく。私を信じてくれている恋人に息をするように嘘を重ねる。 その背徳感が、脳髄を痺れさせるようなスパイスになった。 カズヤさんの誠実な声が聞こえるたびに、私の膣内は罪悪感でキュウキュウと収縮し、元彼のモノを強く締め付けて喜ばせている。

「夕飯も友達と? もし別々なら夕飯を一緒に食べないかなと思って」

「ううん……っ、帰らない……今日は、遅くなるから……っ、はぁ!」

「そっか、残念。……でも、梨杏が楽しそうでよかったよ」

 楽しそう? カズヤさんには、私の必死の喘ぎ声が友達と笑い合っている声に聞こえているのだろうか。 なんて滑稽で、なんて残酷なんだろう。

「お前は本当に悪い女だな」

  元彼がニヤリと笑い、私の身体を折り曲げるようにして、深さを限界まで増す。 そればかりか煽情的なブラから覗く尖った蕾を摘まんで引っ張り、股間のパールを指で弾いて振動を与えた。

(あぁッ!そんなのっ、だめになっちゃうぅ!)

「今彼と通話しながら、そいつに買わせた淫具を揺らして、元彼のモノをこんなに卑しく締め付けるとは」

(ちが、う……っ! あなたがっ……無理やりっ!)

「愛してるよ、梨杏」

 電話の向こうで、恋人が不意にそう言った。 その純粋な愛の言葉が、私の理性を焼き切る最後のトリガーとなった。

「あ……っ、私も……愛し……て……っ!」

「え?」

(いぐッ、イくっ! ああああーーッ!!)

 カズヤさんへ何とか返事をして、心の中で獣のような絶叫を上げた。 元彼の激しいピストンと、恋人を裏切っている背徳感に我を忘れて、目の前が真っ白になるほどの絶頂感に襲われる。

 身体が弓なりに反り返り、痙攣と共に大量の蜜がブシャッと噴き出す。 私の奥深くに元彼の熱い奔流が解き放たれるのを感じる。

 プツッ。通話が切れた。 スマホが手から滑り落ち、床に転がった。 元彼からDMが来るまであんなにも大切にしていた恋人との繋がりが、今はどうでもよくなっていた。

 放心状態で天井を見上げる。 胎内には元彼の精液が脈打ち、耳にはカズヤさんの最後の言葉が残っている。 やってしまった。 もう、取り返しがつかない。 でも、不思議と後悔はなかった。胸を満たしていたのは、元彼とようやく「あるべき関係」になれたという安堵だけだった。

 元彼が私の髪を撫で、汗ばんだ額にキスを落とす。

「これで、お前はもうあっち側には戻れない。俺のものだ」

「はい、ご主人様」

 

  そう返事をした瞬間、私の心の中でカズヤさんが前彼となり、ご主人様の元彼が今彼に位置付けられた。私は涙で濡れた瞳で微笑み、今彼の胸に縋り付いた。

(いつ、どうやってカズヤさんに別れをつげようか?……私が悪者にならないようにしなくちゃ……)

「悪そうな顔をしているな。そういうことは俺に任せておけばいい」

「……うん、お願いします、ご主人様」

 

 難しいことを考えるのはやめて、ご主人様の股間にむしゃぶりつく。だって5年ぶりに寄りを戻したんだもん、今日はたくさん楽しまなくちゃ。彼ももちろん、そのつもりなんだから。

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