第26話:影の告解

 帰国から数ヶ月が経ち、私の「幸福な二重生活」は完全に定着していました。  
 昼は家事と育児を完璧にこなす、誰もが羨む美しい若奥様。  
 夜は庭の倉庫の地下にある家畜小屋で、見知らぬ男たちの精液を貪る牝豚。

 その日、私は夫の書斎を掃除していました。  
 夫は事業拡大に伴い、重要書類の整理を私に任せてくれるようになっていました。  

 金庫の整理をしていた時です。
 書類の束の奥に、封を切られていない一通の茶封筒が紛れ込んでいるのを見つけました。  
 表書きには可愛い文字で、『姉さんへ』とだけ記されています。

「これは……?」

 掃除の手を止め、ペーパーナイフで封を開けました。  
 中に入っていたのは数枚の便箋。
 そこには、彼女の血を吐くような懺悔が綴られていました。

『お姉ちゃん、ごめんなさい。この手紙を読んでいる頃、私はもうここにはいないでしょう』

 手紙の内容は、衝撃的な真実の連続でした。  
 貧しかった幼少期からの私への激しい嫉妬。  
 私が名家の錦織家に嫁ぎ、幸せを手に入れたことへの憎悪。  
 そして、憎しみの感情を共有する男――私の夫「大輝」の双子の弟「大地」からの誘いに乗って、私を罠に嵌めたこと。

『今の旦那様は、大輝じゃないの。弟の大地よ』

 入れ替わり。  
 無能な兄・大輝をマカオの闇に葬り、有能な弟・大地が当主になりすましたクーデター。  
 その計画のために、私が邪魔だったこと。  
 私をマカオの鬼灯様の元へ送り込み、代わりに美令が「錦織深樹」になりすまして、富と幸せを奪い取ろうとしたこと。

『でも、私には無理だった。陽葵ちゃんの純粋な目を見るたびに、罪の意識で押し潰されそうになったの。ごめんなさい』

 読み終えた私はしばらくの間、便箋を持ったまま動けませんでした。  
 なるほど。
 すべての辻褄が合いました。  

 なぜ私が拉致されたのか。  
 なぜ夫が急に有能になり、雰囲気が変わったのか。  
 なぜ夫が私を抱こうとしないのか。

 普通なら、ここで怒り狂うべきなのかもしれません。  
 妹に裏切られ、騙され、地獄に突き落とされたのだと、泣き叫ぶのが人間としての反応でしょう。

 しかし。  
 私の唇から漏れたのは、ふふっ、という忍び笑いでした。

「かわいそうな美令……」

 私は怒るどころか、妹に対して深い憐れみと、感謝すら覚えていました。  
 だって、そうでしょう?  
 もし美令がこの計画を実行してくれなかったら。  

 私は今も、あの退屈で冷え切った存在「錦織深樹」として、高圧的で無能な夫の世話を焼いたまま。
 鬼灯様にお会いすることもできず、 セックスの素晴らしさも知らず、無料の家政婦として、死んだように生きていたはずなのです。

「ありがとう、美令。貴女のおかげよ」

 貴女が私を地獄へ突き落としてくれたおかげで。  
 私は鬼灯様という神に出会い、最上級の牝豚娼婦に生まれ変わった。  
 脳髄が焼けるような極上の快楽を知ることができた。  
 そして、自分が生きるべき本当の居場所を見つけることができたのです。

 貴女にとっては「復讐」だったのかもしれません。
  でも、私にとっては「最高の贈り物」でした。

 今の夫――大地さんについても。  
 私は書斎のデスクに飾られた家族写真を見つめました。  

 頼りなく、私を女として満足させることもできなかった大輝よりも、家業を拡大し、私と陽葵を経済的に守り、何より私の裏の生活の舞台を整えてくれた彼の方が、よほど今の私には都合が良い。  

 彼が私を愛していない? 
 構いません。  
 私を愛してくださるのは、鬼灯様だけで十分なのですから。

 鬼灯様も全てをご存知の上で、私を躾けてくださっていたのですね。  
 ああ、なんて慈悲深い御主人様……。  
 私のような空っぽな女に、これほどの悦びを与えてくださったのですから。

「全部、赦してあげる」

 ライターを取り出し、美令の手紙に火をつけました。  
 チリチリと燃え上がり灰になっていきます。

 鬼灯様。
 夫の大輝の一卵性双生児の弟・大地さん。
 特別養子縁組に出された私が知らされていなかった、一卵性双生児の妹・美令。  
 この3人が共謀していたという真実。

 今それを明らかにしたところで、誰にも、なんのメリットもありません。
 鬼灯様との関係だって、どうなってしまうことか。  
 真実はこの灰と共に忘れ去ってしまいましょう。

 燃え尽きた灰をゴミ箱に捨てると、窓の外を見上げました。  
 重く垂れ込めた雲の隙間から一筋の光が差しています。  

 でも、私が恋焦がれるのは太陽ではありません。  
 今夜もまた、あの地下室で振る舞われる熱い餌《ザーメン》のことだけを考えて、私は子宮を甘く疼かせるのでした。

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