聖域に漏れる吐息

 昼下がりのカフェテリア。
  講義を終えた学生たちで賑わうこの場所は、健全なキャンパスライフの象徴だ。

 私は友人たちとテーブルを囲み、他愛のない会話に相槌を打っていた。
 だが、私の神経は、斜め向こうの席に一人で座るスーツ姿の男――マスターに釘付けになっていた。

『目の前のフランクフルトを俺だと思って食べろ。技術を見せてみろ』

 スマホに届いた短いメッセージ。
 私は震える手で、皿の上の太いソーセージを手に取った。
 周囲には数百人の学生がいる。
 教授もいる。
 ここで私が「あの技術」を使えばどうなるか。

(……バレる? 変な目で見られる?)

  羞恥心で顔が熱くなる。
 マスターの視線が「やれ」と命じている。

 私は覚悟を決め、ゆっくりとソーセージを唇に当てた。
 「あむ……」

  普段の食事なら噛み切るところを、私はあえて「吸い付いた」。
  舌先で表面を転がし、喉の奥を開いて、根本まで咥え込む。
  ジュル、という卑猥な水音が、喧騒にかき消されて私の耳だけに響く。

(見て……マスター。私、こんな場所でも、貴方のことを考えて……)

 友人たちは気づかない。
 「環、食べるの遅くない?」と笑うだけ。
  彼女たちの目は節穴だ。
 私が今、このソーセージを通じて、向かいの席の男とヴァーチャルセックスをしていることに気づいていない。
 その背徳感が、私を濡らした。

「いい食べっぷりだった」
  昼食後、人気のない図書館の移動書架の奥で、背後から囁かれた。
「マス、ター……」
  振り返ろうとする私を、彼が壁に押し付ける。
 周囲からは、ページをめくる音や学生の足音が聞こえる。
 誰かがこの列に入ってきたら、一巻の終わりだ。

「ここで続きがしたいか?」
「っ……はい、欲しいです……」

 パブロフの犬となった私は、彼の気配だけで涎が溢れてくる。
 彼はズボンのチャックを下ろした。
 熱く硬いものが露わになる。
 私は条件反射で膝をつき、その餌に飛びつこうとした。

「待て」

 冷徹な静止命令。
 私の顔の目の前、わずか数センチのところで、ご馳走が止められる。

「え……?」
「ここは神聖な図書館だ。汚すわけにはいかないだろう?」
  彼は残酷に笑った。
「口を開け。俺が『よし』と言うまで、一滴も垂らすな。舌を出して待っていろ」

 それは生殺しの刑だった。
 目の前に大好物があるのに、触れることすら許されない。
「ぁ……ぅ……」
  口を開けたまま、私は必死に涎を飲み込んだ。

  誰かが来るかもしれない恐怖。
 早く口に含んで安心したいという渇望。
 その二つがない交ぜになり、私は服を着たまま、壁に寄りかかってガクガクと震えた。

「なんて顔だ。……まるで、餌を待つ畜生だな」
  彼は私の惨めな姿を十分に観察してから、何もさせずにチャックを上げた。
「授業の時間だ。行け」

「あ……そん、な……」
  焦らされた身体は疼き、満たされない空虚感が私を襲う。
  その「足りなさ」こそが、次の快楽を何倍にも増幅させることを、私はすでに知っていた。

 午後の大講義室。 数百人が収容される階段教室で、私は最前列に座っていた。
  真面目な優等生として、教授の講義を熱心に聞くフリをする。

(……んっ、ぁ!)

 筆記用具を握る手に力が入る。
 私の下着の中には、小さなローターが仕込まれていた。
  操作権は、教室の一番後ろの席に座っているマスターにある。

「えー、カントにおける定言命法とは……」
 教授の退屈な声に合わせて、股間の振動が強くなる。
「ん……っ」
  声が出そうになるのを、咳払いで誤魔化す。
 冷や汗が背中を伝う。

(ダメ、こんなところでイったら……変だと思われる……)

『こっちを見ろ』
  スマホが震える。
 私が恐る恐る後ろを振り返ると、遥か後方の出口付近で、マスターがスマホを操作しながらニヤリと笑っているのが見えた。
 その瞬間、振動が最大になる。

「――っ!!??」

 私は机に突っ伏した。
  周囲は「体調が悪いのか?」と心配してくれるが、違う。

  私は今、神聖な教室で、誰にも触れられずに絶頂に達しているのだ。
 理性の象徴である大学で、私はただの肉欲人形に成り下がった。
  その倒錯的な事実が、何よりも私を深くイかせていた。

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