エピローグ:共犯の揺り籠

 臨月を間近に控えた、ある夏の日。
 将人は欧州路線の長距離フライトで家を空けていた。

 広々とした新築マンションのリビング。
 私は大きくせり出したお腹を抱え、ソファに深く沈み込んでいた。

 インターホンが鳴った。
 モニターを確認もせず解錠ボタンを押す。
 この時間に来るのは「彼」しかいないから。

 「鍵は開いてるわ。入って、伊織さん」

 ドアが開き、現れたのは、白衣ではなくラフな私服姿の伊織さんだった。
 彼は私の結婚式の後しばらくして、正式に日本へ帰国していた。

 それも、ただの帰国ではない。
 アメリカでの華々しい実績を買われ、都内の有名大学病院に三顧の礼で迎え入れられたのだ。

 姉との離婚で荒れ狂い、院内の看護師や患者に手を出して女癖の悪い研修医と後ろ指を指されていた頃の彼は、もういない。
 今の彼は、圧倒的な神の手を持つ脳外科医。
 過去の悪評を実力とカリスマ性でねじ伏せ、誰もが傅(かしず)く存在として君臨している。
 そんな雲の上の存在が、今、私の家の玄関に立っている。

 彼はリビングに入ると真っ直ぐに私の元へ歩み寄り、膝をついて、パンパンに張った私のお腹に耳を寄せた。

「元気か?」
「ええ。パパが来るとわかったのかしら? さっきからずっと蹴ってくるの」

 伊織さんが愛おしそうにお腹を撫でる。
 その手つきは、脳を弄る悪魔的な繊細さと、父親としての慈愛に満ちていた。

 将人もよくお腹を撫でてくれる。
 でも反応が違う。
 夫が触れても大人しいのに、伊織さんが触れると、呼応するように激しく動くのだ。
 お腹の中にいる時から、この子は本能で本物の父親を理解している。

「苦しくないか? 」
「ううん……むしろ、疼いてるの」

 私は彼の髪に指を絡ませ、熱っぽい吐息を漏らした。
 妊娠してから、私の身体は以前にも増して敏感になっていた。
 母になる準備が進む身体は、同時に、種をくれた雄を求める雌の身体でもあった。

 寝室へ移動する余裕さえなかった。
 伊織さんは私をソファの背もたれに預けさせると、ゆったりとしたマタニティドレスの裾を捲り上げた。
 妊娠線予防のクリームでケアされた、白く膨らんだお腹。
 母乳を作るために張り詰め、青い血管が浮いた乳房。
 愛する彼はその全てを崇めるように口づけると、下着を引き下ろした。

「……すごいな。またこんなに濡らして」
「だって……あなたのせいよ」

 彼がズボンを寛げ、凶悪なほどに勃ち上がった剛直を取り出す。
 私は自分から脚を開き、彼を招き入れた。

 ズゥ、ヌゥゥ……ッ。
 子宮が下がっているような感覚。
 いつもより浅い位置で先端が突き当たる。
 胎児の入った袋を、外側から父親が小突くような、背徳的な刺激。

「あッ、んぅ……! 入った、伊織さん……ッ!」
「結愛、愛してる。俺たちの子供も、愛してる……」

 彼は私のお腹を圧迫しないよう、慎重に、かつ力強く腰を使う。
 リビングに響く淫音。
 羊水の海に浮かぶ赤ちゃん。
 快楽の海に溺れる私。

 三人が一つに繋がっている感覚。
 これこそが、私が望んだ家族の形なのかもしれない。

 将人の写真が飾られたサイドボードの前で、私は義兄の腰使いに狂わされる。
 ごめんなさい、あなた。
 夫が用意してくれたこの安全で清潔な巣で、私はカッコウのように、別の男の卵を慈しんでいる。

「あッ、そこ、深いッ! 赤ちゃんに届いちゃうぅ……ッ!」
「いい顔だ、結愛。もっと俺を感じろ……」

 やがて彼は、私の中に深く、長く、愛を注ぎ込んだ。
 ドプッ、ドプッ…………。
 妊娠中の膣内に出された精液が、行き場を失ってとろとろと太ももを伝い落ちる。
 その生温かい感触に包まれながら、私は恍惚とした表情で天井を見上げた。

 事後、伊織さんは満足げに私のお腹にキスをして帰っていった。
 私はシャワーを浴び、部屋の空気を入れ替え、完璧な妻の顔に戻った。

 数時間後、夫の将人が帰宅する。
  ただいま、結愛。お腹の子はいい子にしてたかい?
 そう言って笑う夫に、私は聖母のような微笑みで答えるのだ。

 ええ、とてもいい子よ。
 パパに愛されて、とっても喜んでいたわ。

 お腹の子が、トン、と小さく合図を送った。
 この子が大きくなったら、将人との関係に、きちんとけじめをつけるつもりだ。

 でも、本当の父親がだれなのか。
 それを明かすことは絶対にしない。
 それが私と伊織さんとの、新しい永遠の「契約」だから。

【完】

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