5月に入ると、ノアさんからの美容指導が本格的になりました。
Noah:まずは、他力本願で簡単にできることから始めようか?
Ageha:えっと……具体的には?
Noah:僕が通ってる表参道の美容院を予約しておいたから、黙って整えてもらってきて。お金も要らないよ。
Ageha:えっ! そんなの、緊張しますよ……それに何をどう言えばいいのか……
Noah:大丈夫、僕が全部指示しておいたから、まゆちゃんはその時間に行って「ノアさんの紹介できた者です」とだけ言えばいい。
Ageha:でも……なにをされちゃうのか不安です。パーマとか染めたりはされないですよね?
Noah:カットとトリートメントだけだから心配いらない。細かい話は終わってから話そう
というわけでGWの真っ最中、わたしは恐々と表参道を訪れました。世界の一流ブランドショップが並ぶ大通りも、一本脇道に入った所にある美容院も、そこで働くオシャレなスタッフさんも、地味なJKのわたしにとっては別世界です。
恐る恐る入店し「ノアさんの」と言いかけたところで「ああ、それ以上は言わなくても大丈夫よ、任せて」と男性にしか見えないスタイリストさんに女言葉で指示されました。
「せっかくだから、なるべく目を瞑っていてね」と言われ、目を閉じて言われるがままにすること小一時間。目を開けて鏡をのぞいたわたしは思わず叫んでいました。「だれ?」と。
染めてもいないしパーマもかけていません。それでも明らかに違います。自分で言うのは恥ずかしいですが、「美少女感」が増しています。
「顔周りのレイヤー、つまり顔の横にパラパラと落ちる毛束を作って内側に巻くことで、顔を卵型にみせているわ。髪がツヤツヤなのは酸熱トリートメントをしたからよ。眉を細くカットして眉頭・眉山・眉尻を『黄金比』に整えたからだいぶ垢抜けたでしょう? 髪のセットも、隠していた眉や額を前髪を流して出すようにしたの。そのほうが明るい印象になるから。どうかしら?」
「……すごいです! こんなに違うんですね! これで帰りは表参道を堂々と歩いて帰れそう!……ありがとうございます!」
「アハハ! まゆちゃんは楽しい子ね。そう言っていただけると私もスタイリスト冥利につきるわね……それで来月の予約はいつにする? 月1回、1年分の代金はノア様から頂いているの」
「えっ!?……じゃあ、第1週の土曜日のお昼頃でいいですか?」
「オッケーよ! 磨き甲斐があるから楽しみに待ってるわ!」
美容院を出て、さっそくノアさんにDM。喜びを報告しお礼を伝えます。
Noah:よかったね、では次に移ろうか。ここからは徐々にまゆちゃん自身の努力が必要になってくるけどいいよね?
Ageha:ですよね~。次は何ですか?
Noah:猫背を治してスタイルをよく見せよう、これも割と即効性があるよ
Ageha:あー、即効性はわかりますけど、意識しても難しいんですよ……恥ずかしいし
Noah:美容院効果で顔を上げて堂々と歩けるようになったはずだよ。意識しても難しいのはわかる。だから明日の朝から毎日「壁立ち」テストを習慣化しよう。
Ageha:壁際に背すじを伸ばして立てばいいの?
Noah:壁に「かかと・お尻・肩甲骨・後頭部」の4点を同時につけて立ってごらん。おそらくまゆちゃんは肩が壁につかずに浮いてしまうはずだ。そこを頑張ってつけてみようか
Ageha:はーい「コーチ」
Noah:うん?
Ageha:だって、いろいろ指導してくれて、なんだかコーチみたいだなって……口うるさい(小声)
Noah:文字に小声も何もないんじゃないかな?(怒)……なんて怒ってないしコーチと呼ばれるのは光栄だね。それから……
ノアさん改め、コーチの指導はそれからも延々と続きました。わたしは指示されるがままにデパートへ寄り『POLA B.A ライト セレクター』という日焼け止めと『ソラン・デ・カブラス(Solan de Cabras)』という硬水を定期注文して帰宅しました。
暑くなり、紫外線も強まるこれからの季節。良質な水を1日2リットル飲むことで代謝を上げて、肌に良い光(赤色光)だけを選んで取り込むためだそうです。これからはジュースも甘い紅茶も禁止だそうです。いきなりハードルを上げすぎだと思います。
それだけでは終わらず、『ブラデリスニューヨーク(BRADELIS New York)』という補整下着も購入させられました。総レースで高級感があり、わたしには少し背伸びした「大人の下着」という感じです。でも「脇や背中に流れた肉を胸に戻す」機能性が非常に高いそうです。
これだけにとどまりません。帰宅するとさらに『顔のリンパマッサージ』と『ミューイング』をノアさん自身の実演動画付きで教えてくれました。動画の中の彼は、まるで美術館の彫刻が喋っているかのように生活感がなく、恐ろしいほど美形でした。
リンパマッサージは耳の下や首筋、鎖骨を指で押すことで顔のむくみを取る。ミューイングとは、舌全体を、顎にべったりと貼り付けること。これを長時間キープすることで、顎下のたるみが引き上がり横顔が美しくなるそうです。
また猫背を治すために『ドローイン』という、息を吐ききって、お腹と背中の間を薄くした状態で歩くことも教わりました。
Ageha:急にいろいろ言われてもちゃんとできるかわからないよ~
Noah:大丈夫だ、そのために「鬼コーチ」の僕がいるんだから
Ageha:キャー、鬼だ! 鬼が居る! 助けて~!
Noah:ふふふ、素直に僕の言うことを聞いて、美しくなるがいい
そんな「鬼コーチ」の指導に従って約二週間。五月も下旬に差し掛かった頃、学校で小さな事件が起きました。体育の授業の前、更衣室でのことです。
夏服への移行期間でブラウスが薄くなり、みんなが着替えている最中でした。わたしが制服を脱ぎ、体操服に着替えようとしたその時です。
「え、雪野さんってさ……意外と、あるんだね?」
声をかけてきたのは、クラスでも目立つカースト上位のキラキラした女子グループの一人でした。彼女の視線は、わたしの胸元に釘付けになっています。
「えっ……なにが?」
「なにがって、胸! 制服着てるとわかんないけど、脱ぐと結構すごくない? その下着、めっちゃ高そうだし」
更衣室の空気が一瞬止まり、周囲の視線が一斉に集まりました。わたしは顔から火が出るほど赤くなり、慌てて体操服を被ります。でも、心臓のドキドキは止まりません。
補整下着で脇肉を寄せ上げて、猫背を治して胸を張るようにしていたせいでしょうか。今まで誰にも気づかれなかった、むしろ自分でも無いものだと思っていた胸が、他人から「ある」と認められたのです。
恥ずかしかしい一方、心の奥底で優越感がじわりと滲みました。
その夜、わたしは興奮気味にノアさんに報告しました。
Noah:それはよかった。僕の理論が正しいと証明されたわけだね
Ageha:はい! すごく恥ずかしかったですけど……嬉しかったです。ノアさんの言う通りにしてよかった
Noah:ふふ、素直でいい子だ。まゆちゃんは磨けば光る原石だと言っただろう? 外見は順調に仕上がってきているね
Ageha:はい、もっと頑張ります! 次はどんなトレーニングですか?
わたしは完全にノアさんを信頼しきっていました。彼の言う通りにすれば、地味なわたしでも美少女に生まれ変われる。そう信じて疑いませんでした。だから、次に彼が送ってきたメッセージにも、すぐに飛びついてしまったのです。
Noah:外見の次は、内側だね。……本当に美しい女性というのは、内側から発光するような血色感を持っている。そろそろ、それを引き出すレッスンを始めようか
それが、「夜の授業」への入り口でした。