ナターシャの返答は芽美の期待に反するものだった。
「メグ、私はもともとボスの秘書ではなくハウスキーパーとして雇われているのヨ。掃除、洗濯、それに食事。主に昼夕食の買い物や料理と後片付けネ。メイド服はこういう仕事をするには機能的だし、プロ意識が高まるから着ているワ。私服にエプロンだと私服が汚れてしまうこともあるし、着られる私服も限られてしまうカラ」
次に意味深な微笑を浮かべると、拓海に向かって言うのだった。
「ボスの予想した通りネ!ジャパニーズガールはshyだから、ぜったいワタシには恥ずかしがって『むりやりオカされた』って言うはずだ、って。週末の金曜日の夜に、1人暮らしのオトコの部屋に残って二人だけでお酒を飲んで酔っ払うなんて『ワタシは今夜アナタとエッチしたいの』ってアピールしてるようなものなのにネ。帰り際にワタシが『二人のハジメテの邪魔をしたくないし、頑張ってね』と言ったときも顔を赤らめて聞こえないフリをしていたし」
そして芽美のほうを向き、こんなセリフを言って芽美を絶望させると、トレーを 拓海にわたしてドアの向こうへ消えてしまった。
「ボスから契約書を見せてもらったワ。漢字と難しい言い回しが多くてよくわからなかったけど、メグのしっかりしたサインを見ながらボスの説明を聞いて、メグのほんとうの気持ちはわかってる。仕事柄ロシアでも日本でもHENTAI-GIRLをたくさん見てきたワ。だからメグもマゾヒストであることを隠さなくてもダイジョウブ。ここでのお世話は安心してワタシに任せて!」
ナターシャが本気で言っているのか、それとも拓海の共犯者としてとぼけて言っているのか芽美には判断がつかなった。しかし彼女の指摘をうけ、確かに自分に隙があったことに気づきショックを受けていた。その代償は大きかった。打ちのめされ、投げやりな気持ちで拓海に問いかける。
「私はこれからどうなるの?」
「お前はこれから・・・いや、まずはそのサンドウィッチを食べながら、2枚の契約書をじっくり読むといい。質問はその後で受け付けよう」
一瞬答えかけた拓海だったが思い直してこう言うと、芽美の手錠をはずして契約書と トレー、それに冷たい水の入ったペットボトルを渡す。どんな飲み物が好きなのか、 まだ良く知らないから、と言うセリフとともに。
芽美はローストビーフや様々な野菜が挟まれた栄養バランスの良いサンドウィッチを食べながら、契約書を丹念に読みはじめる。淡々と書かれているため、処女を卒業したばかりのウブな芽美でも冷静に読み進めることができたが、じっくり読むと淫らさと異常さで眩暈が襲ってきそうな内容だ。
拓海に芽美を絶頂に導く義務や心身を健康に維持する義務がある、芽美に金銭的負担を求めない。芽美の心身に酷い傷を与えてはならない。芽美には拓海に苦情を言う権利がある。契約期限が明確に決められている。芽美は不特定多数の男相手に売春を強要されるわけではない。芽美はずっとここに監禁されているわけではない。たしかに芽美にも十分な 配慮がされている。
しかし全体としてみれば拓海が芽美の身体を ほぼ自由に陵辱することができる都合のよい内容だ。芽美への配慮をどこまで真剣に守るかも疑問が残る。
だがこの男は犯罪者にならないよう、あくまで建前上は“双方合意の上での”“法的に も問題だと立証しにくいグレーゾーンの”SMセックスという形式にこだわっている。 ここを上手く利用するしかない。ナターシャさんが登場したときは非常に恥ずかしかったが、 彼女の関与も、この男が無茶をしない歯止めになるのではないかと前向きに考えることにする芽美だった。
サンドウィッチを食べることにできるだけ時間をかけて、契約内容をじっくりと吟味した芽美は曖昧な点を確認する。
「読み終わったわ。でもまだわからないことがあるので質問してもいい?」
「もちろんだ。」
「避妊方法が書いていないけど、ちゃんとゴムをつけてくれるの?」
「いやゴムはつけない。俺はパイプカットをしていてね。中に出しても妊娠しないから避妊は不要だ。芽美には中出しされてイク快感を覚えて欲しいからな。」
「本当ですか?契約書の最後に、契約完了後に私が希望すればあなたの子供を生めるって書いてありますけど?そんな希望をすることはありえませんが。」
「本当さ。医師の診断書だってある。精子が作られなくなったわけじゃないから、子供を作る方法はあるんだよ。でもそんな風に断言されると傷つくなぁ。芽美はクールなふりをしているけれど本当は情が深い女の子だから、気が変わるのを楽しみに待つとしよう。」
「ですから、そんなことはあり得ません。診断書あるなら絶対に見せてください。 それからやはり不安ですから避妊はちゃんとしてください。」
「信用ないなぁ。それならピルを飲んでもらうことになるが」
「当たり前でしょう。では次の質問。私はどれくらい束縛されることになるの?」
「大したことはない。水曜日の夜と週末だけだ。 水曜日も金曜日も、芽美が仕事を終えてからここに来てくれればいい。 水曜日は俺への奉仕を終えたらすぐに帰宅してもらうが、金曜日は日曜日の夜まで ゆっくりしていってもらう。翌日の仕事に影響しないよう、できるだけ夜10時頃には車で送る。優しいだろう?」
「何を言ってるの、週末がまるまる潰れるのは厳しいわ!そもそもこの契約全体があなたにとって都合が良すぎる内容じゃない!」
「そうかい?でも俺だって相応のリスクを背負ってるんだよ。例えばこの部屋だって、 芽美が契約に合意する前から準備してきたし。野暮な話になるけど改築に8桁のお金を掛けてる。想定してた以上になってしまって工面するのに苦労した。だからきっと気に入ってもらえると思うんだ」
そう言って苦笑する拓海。
ー8桁と言えば最低でも1千万以上ということ・・・ー
芽美は破廉恥な契約書を準備して様々な詭弁を弄して言葉巧みに罠にかけただけでなく、 予めそんな大金まで投入してこんな部屋を用意していた眼前の男の自分への妄執に薄気味悪さを感じ、視線をそらしながら否定する。
「こんな趣味の悪い部屋、気に入るわけがないでしょう!」
「まぁまぁ、ここがどんなに過ごしやすいか教えてあげるから」
拓海は待っていたかのように、嬉しそうに部屋の特長を説明し始める。
「俺の住まいはちょっと変わった構造をしていてね。ビルの4階から5階の事務所、 事務所から玄関を入ってダイニングキッチンへ、その奥の廊下を通り階段を上がって6階へ、居間から浴室・トイレのある空間を通って寝室・ベランダへと、左回りのらせん状につながった部屋配置になっているんだ。そしてこの部屋は、さらにそのどんづまり、住居の最奥に位置している。いわばお城の天守閣とか自社ビルを持つ大企業の社長室みたいなもので、誰にも邪魔されずに安心してのんびり過ごせるんだ」
―ここから逃げ出すのは難しいってことね―
芽美はこう解釈する。
「裸でいても気持ちがよいように、室内の気温と湿度は常に28度・50%に保たれている。前後左右上下とも外壁に接していないから、外気温の変化を受けることもなくエアコンの作動も安定している」
「上は屋上じゃないの?」
「屋上だけど、この部屋の上にはちょうど高架水槽があるんだよ。屋上にはビルの管理者や施設点検業者だけが、俺の住まいとは無関係な外部の非常階段を通って入れる」
―裸でいるのが前提なのね―
「空気清浄機とアロマディフューザーで空気もきれいに、いい匂いに保つようにしている。今みたいな花粉症の季節でも快適だと思うよ」
「換気は?酸欠になったりしそう」
「目立たない場所に換気口が二つあるから心配ない。換気扇もちゃんとあるから必要なときは回すさ。芽美ちゃんがトイレで臭いやつを出したときとか」
「最低!この変態!」
拓海はとりあわずに続ける。
「照明は、最近、新しいビルのお手洗いによくある動作感知タイプ。動きが一定時間止まると消えて、動きがあると点灯する自動式だ。寝ているときに多少動いても点灯しないよう、センサーの感度は鈍めに設定してある。点灯しても薄明かり程度の明るさだから驚きはしないはずだけど」
「けっこう明るいわよ」
「今はそこのドアが開いているからさ。それから音に関してなんだが・・・」
「まだあるの?物好きね」
馬鹿にするような口調とはうらはらに、自分のためのいたれりつくせりな様々な装備に芽美は興味を引かれていた。
「さっきも言ったとおり、この部屋は内部屋だからそれだけで十分に静かなはずなんだ。さらに全ての壁を厚めの防音壁にしているから、聴こえるのはエアコンなんかの小さな作動音くらいじゃないかな。静か過ぎるのもどうかと思うから、向こうの音響機器で波の音とかのヒーリングミュージックか落ち着いたジャズとかを低音で流そうかと考えている」
―大声で叫んで助けを求めても無駄ってことね―
そう解釈して厳しい 表情を浮かべる芽美だったが、その気持ちをいなすかのように拓海はニヤリとして続ける。
「だから、芽美がセックスのときにどんなに大声で嬌声をあげても大丈夫だ。床だって厚みのあるゴム素材だから音を吸収するし、水が染み込まないから芽美がどんなに濡らしても問題なく拭きとれる。 弾力のある適度な硬さだから、膝をつきながら動き回っても痛くないし、横になってセックスしても背中が痛くなったりしない。
それに、防音壁や厚みのある床素材のせいもあるんだが、天井と床の間と前後の壁の間が意図的に狭くなってる。だから芽美はセックスをしているときの自分のあられもない姿を天井や後ろの壁面の鏡で間近で見ることができるのさ」
ここまでくると、芽美はもはや気持ち悪さや呆れた感情を通り越して、むしろ感心 していた。真顔でついこんな皮肉めいた呟きを漏らす。
「それは素敵かもしれないわね」
「おっ、気に入ってくれたみたいだね、俺が芽美のために用意したこの調教部屋、 名付けて『メグの憩いの部屋』を」
「なにその悪趣味な名前。私が来週ちゃんとここに来るはずがないじゃない。 私の部屋は他にちゃんとあるもの。大金かけたのに無駄になっちゃうわね、ご愁傷様!」
「そんなことはない。芽美、お前は必ず自ら望んでここを訪れるようになる」
拓海はこれまでの軽薄で優しそうな雰囲気を消し、感情の読みにくい、醒めたような 表情で、抑揚に乏しい呟くような声で予言する。ただ芽美を射抜く視線には強い性的欲望が篭もっている。
「俺がお前のために用意したこの部屋で、お前は毎週末、新人保育士でもなく吉野家の長女でもなく木崎という男に恋する乙女でもなく、芽美という名前でさえもなく、ただの俺のセックス奴隷、『マゾ牝奴隷メグ』として過ごすのだ。ここでお前は社会から完全に隔離され、俺に飼われて食事や心身の健康・衛生管理面での世話を委ねて、「仕事」や「人間関係」「金」「時間」など全ての煩わしいものから距離を置くことができる。そして、ただひたすら俺の調教を受けSMセックスの快楽と奴隷奉仕の悦びを貪ることだけで頭を一杯にして暮らす。
全ての煩わしさから解放される「自由」。
食欲と睡眠欲が満たされる「満足感」。
飽くなき性欲が満たされる果てしなき「快感」。
全てを他人に委ねて従属する「安心」。
これら4つを与えてくれるこの調教部屋は、遠からず、吉野芽美にとっての“楽園”になり、 お前はここを訪れる週末を心待ちにするようになるだろう」
拓海の言葉を芽美はなぜだか否定できず、だから代わりにこう言った。
「あなたは狂ってる」
そして、とにかく解放される日曜の夜までは、 この男の言うとおりにしたほうがいいわね、と予言された異常な未来から逃避するように思案するのだった。