第21話:迫真の牝犬

 マカオの季節は移ろい、私がこの街に来てから半年が過ぎようとしていました。  
 私の中国語も少しずつ上達し、日常会話程度なら問題なくこなせるようになっていました。  

 娼婦の仕事は順調。
 鬼灯様への送金も滞ることはありません。  
 月に一度の「定期接種」というご褒美のおかげで、私の肌は以前よりも艶を増し、娼婦としての色香を高めていました。

 そんなある夜のことです。  
 今夜の仕事場は、コロアン島の海沿いにある、隠れ家的な会員制クラブ。  
 ウェイロンから「今夜の客は日本人だ」と知らされていた私は、いつものように高級娼婦の正装で個室のドアを開けました。

「はじめまして、Mと申し……」

 挨拶をしようとした瞬間、私の心臓が凍りつきました。  
 そこにいたのは、見覚えのある顔。  
 夫・大輝の取引先である、日本の建設会社の50代の社長・田所氏だったのです。  
 日本にいた頃、夫との食事会で何度か同席したことがあります。私の顔を知っている人間です。

「……ん? 君は……?」

 田所社長が、グラスを傾けたまま目を丸くしました。  
 じろじろと私の顔を見て、眉をひそめます。

「まさか……錦織さんとこの……奥さん、か?」

 全身から血の気が引きました。  

 バレた?
 こんな場所で売春をしていることが知れれば、愛娘や実の父母、錦織家に迷惑がかかる。
 何より、私が「あの貞淑な如月深樹」だと認識されたまま犯されるなんて、耐えられない。

 冷や汗が背中を伝います。  
 逃げ出したい。
 でも、そんなことをすれば鬼灯様に迷惑がかかる。  
 私は必死に思考を巡らせ、震える唇を開きました。

「……人違い、でございます」
「え?」
「私は……妹の、美令(みれい)と申します。……深樹姉さんとは双子ですので……よく間違われるのです」

 ついてしまった嘘。  
 それは、私自身の存在を否定し、かつて私が軽蔑していた「ふしだらな妹」になりすますという、二重の屈辱でした。

「ああ! なんだ、妹さんのほうか!」

 田所社長はポンと手を打ち、納得したように笑いました。

「噂には聞いてたよ。奥さんの双子の妹は、随分と奔放で、海外を放浪してるってね……なるほど、やっぱり双子だから顔はそっくりだな」

 彼は無遠慮に私の顎を掴み、左右に向けさせました。  
 まるで品定めをするような目。

「でも、姉さんのような『気品』がない。お前はやっぱり、商売女の顔をしてるよ」

 ズキリ、と胸が痛みました。  
 かつては「気品がある」と言われていた私の顔。  
 それが今は、男を誘う淫らな商売女の顔になっていると、知っている人間に断言されたのです。

 悲しいはずなのに、なぜか下腹部が熱く疼きました。

「さて……顔は似てても、あそこのほうも商売女の顔をしているか、チェックしてやるよ」
「あ……っ」

 田所社長はニヤリと笑い、大きなボストンバッグをテーブルに置きました。

「妹なら遠慮はいらんな。今日は特別な遊びをしよう」

 バッグから取り出されたのは変身用の道具。
 フサフサした毛並みの犬耳カチューシャ。
 黒い革製の、前足と後ろ足を模した巨大なミトン(手袋)。  
 猿轡(ボールギャグ)。  
 そして――太いプラグがついた、長い犬の尻尾。

「服を脱げ。そして、これらを着けろ」

 私は震える手でドレスを脱ぎ捨てました。  
 全裸になった私は、言われるがままに犬のコスプレを装着させられました。  
 手足は自由がきかないミトンに包まれ、四つん這いになるしかありません。  
 口には赤いボールギャグが噛ませられ、言葉を封じられます。  
 そして最後に。

「ほら、尻尾だ」

 ヌプッ……!

 ジェルも塗られていない乾いたアナルに、太いプラグがねじ込まれました。

「んぐぅぅっ!!」

 口枷越しに呻き声が漏れます。
 異物感と圧迫感。お尻からふさふさした尻尾が生えた感覚。  
 鏡を見なくても分かります。
 今の私は、完全に「牝犬」の姿です。

「よし。散歩に行くぞ」

 田所社長は私の首輪にリードを繋ぐと、部屋の窓を開け放ちました。  
 そこは、このクラブのVIP専用の中庭でした。  

 高い塀に囲まれていますが、塀の隙間から覗かれてしまいそうな恐怖があります。   
 夜空は開けており、遠くにはマカオの煌びやかなカジノホテルのネオンが見えます。  
 石畳の冷たさが、手足のミトン越しに伝わってきます。

「ほら、歩け! 牝犬・深樹!」

 深樹、と言われた私の心に戦慄が走りました。  
 まさか……バレてる!?

「あの女を初めて見たときからずっと、こんな風に辱めてやりたいと会うたびに思っていたんだよ。いやはや、双子の妹を使って願望が叶うとは、俺の人生もまだまだ捨てたもんじゃないな」

 善良に見えたこの男にこんなアブノーマルな性癖があったとは!  
 私と会うたびに、心の中でこんな淫らな妄想に耽っていたとは!  
 真実を知ってしまった私の心には驚きと悲しみが満ちていました。

 グイッ、とリードを引かれ、私は四つん這いで石畳の上を這いずりました。  
 お尻を高く突き出し、尻尾を揺らしながら。

「うぅ……っ、うーっ……」

 屈辱で涙が滲みます。  
 夫の知り合いの前で、こんな姿を晒している。  
 もしこの男が何かのきっかけで私が本当に「深樹」であることに気づかれてしまったら、鬼灯様に恥をかかせてしまいますし、私や娘の陽葵の人生も破滅です。

 だから今この瞬間瞬間、全身全霊で「ふしだらな双子の妹」を演じなければなりません。

 ……いいえ、演じる必要はありませんでした。
 私はこの状況に、むしろ興奮していたのです。  
 私は上品で貞淑な如月家の若奥様・深樹じゃない、ただの淫らな牝犬。  
 誰に見られたって構わないわ。

「いい眺めだなぁ。あの堅物の深樹が、マカオで犬になってるなんて」

 私を深樹だと思い込むことにしたようです。
 社長はスマホを取り出し、這いずり回る私を撮影し始めました。  
 ライトが焚かれ、私の無様な姿が記録されていきます。

「ほら、こっちを向け。淫乱な顔だ。姉さんには絶対できない表情だな」

 褒められているのか、蔑まれているのか。  
 頭が混乱し、思考が溶けていきます。  
 お尻のプラグが動くたびに内壁を擦り、快楽の波を送ってきます。  
 私はもう、自分が誰なのか分からなくなっていました。

 やがて社長はベンチに腰掛け、私の口枷を外すとズボンのチャックを下ろしました。

「さあ、餌の時間だぞ。……お手」
「!!」

 私は条件反射で駆け寄り、彼のアレに顔を近づけました。  
 ミトンをはめられた不自由な前足を、彼の膝に乗せます。

「よしよし。食え」

 私は無我夢中でしゃぶりつきました。  
 口枷が外れたことで、口腔のすべてが解放されます。  
 私は彼の硬く勃ち上がったモノを根元まで咥え込み、舌全体を使ってねっとりと舐め上げました。

 ジュルッ、ジュポッ、レロレロレロ……。

 下品な水音が中庭に響きます。  
 早く、早く欲しい。  
 人間としての尊厳なんてどうでもいい。  

 美令(妹)のフリをして、姉(私)への欲情を受け止める。

 その羞恥心を発散するかのように、私は喉の奥まで彼を受け入れ、頭を激しく前後に振って奉仕しました。  
 今の私に必要なのは、この目の前にある熱い餌《ザーメン》だけ。

「そうら、ご褒美だ!」
 私の口から男根が引き抜かれます。

 ドピュドピュドピュッ……!
 熱い液体が、私の顔、首輪、そして犬耳にまで降り注ぎます。

「ん~っ! んんっ!」

 私は目を細め、顔にかかる白濁液を舌で舐め取りました。  
 おいしい。  
 知っている人の精液だからでしょうか。
 それとも、犬になりきって倫理観が崩壊したからでしょうか。  
 いつもの餌とは違う、背徳のスパイスの味がしました。

 お腹が冷えて尿意を感じた私は精液にまみれた顔で、四つん這いのまま片足を高く上げます。
 恥ずかしげもなくジョボジョボと黄色い尿を撒き散らし、痴呆のようにだらしなく笑いました。

「ハハハ! 本当に犬みたいだな! 緊張しているときの独特のイントネーションで、深樹ではないかとずっと疑っていたが、こんなことまでする女が深樹であるわけがないか」

 社長の嘲笑が、夜の中庭に響きます。  
 今までずっと疑いを持っていたようです。
 建設会社の社長という立場にあるだけあって、細部にまで鋭い観察力を持っているようです。  
 危なかった。
 安堵の笑みが零れました。

 「今日の私は高貴で気品あふれた深樹じゃない。下品で淫乱な牝犬の美令なの」  

 そう自分に言い聞かせることで、私はこの底なしの屈辱を、甘い蜜へと変えて飲み干したのです。
 おそらく今ではもう、美令より私のほうが下品で淫乱な「牝豚」である事実に目を背けながら。

error: Content is protected !!