マカオの季節は移ろい、私がこの街に来てから半年が過ぎようとしていました。
私の中国語も少しずつ上達し、日常会話程度なら問題なくこなせるようになっていました。
娼婦の仕事は順調。
鬼灯様への送金も滞ることはありません。
月に一度の「定期接種」というご褒美のおかげで、私の肌は以前よりも艶を増し、娼婦としての色香を高めていました。
そんなある夜のことです。
今夜の仕事場は、コロアン島の海沿いにある、隠れ家的な会員制クラブ。
ウェイロンから「今夜の客は日本人だ」と知らされていた私は、いつものように高級娼婦の正装で個室のドアを開けました。
「はじめまして、Mと申し……」
挨拶をしようとした瞬間、私の心臓が凍りつきました。
そこにいたのは、見覚えのある顔。
夫・大輝の取引先である、日本の建設会社の50代の社長・田所氏だったのです。
日本にいた頃、夫との食事会で何度か同席したことがあります。私の顔を知っている人間です。
「……ん? 君は……?」
田所社長が、グラスを傾けたまま目を丸くしました。
じろじろと私の顔を見て、眉をひそめます。
「まさか……錦織さんとこの……奥さん、か?」
全身から血の気が引きました。
バレた?
こんな場所で売春をしていることが知れれば、愛娘や実の父母、錦織家に迷惑がかかる。
何より、私が「あの貞淑な如月深樹」だと認識されたまま犯されるなんて、耐えられない。
冷や汗が背中を伝います。
逃げ出したい。
でも、そんなことをすれば鬼灯様に迷惑がかかる。
私は必死に思考を巡らせ、震える唇を開きました。
「……人違い、でございます」
「え?」
「私は……妹の、美令(みれい)と申します。……深樹姉さんとは双子ですので……よく間違われるのです」
ついてしまった嘘。
それは、私自身の存在を否定し、かつて私が軽蔑していた「ふしだらな妹」になりすますという、二重の屈辱でした。
「ああ! なんだ、妹さんのほうか!」
田所社長はポンと手を打ち、納得したように笑いました。
「噂には聞いてたよ。奥さんの双子の妹は、随分と奔放で、海外を放浪してるってね……なるほど、やっぱり双子だから顔はそっくりだな」
彼は無遠慮に私の顎を掴み、左右に向けさせました。
まるで品定めをするような目。
「でも、姉さんのような『気品』がない。お前はやっぱり、商売女の顔をしてるよ」
ズキリ、と胸が痛みました。
かつては「気品がある」と言われていた私の顔。
それが今は、男を誘う淫らな商売女の顔になっていると、知っている人間に断言されたのです。
悲しいはずなのに、なぜか下腹部が熱く疼きました。
「さて……顔は似てても、あそこのほうも商売女の顔をしているか、チェックしてやるよ」
「あ……っ」
田所社長はニヤリと笑い、大きなボストンバッグをテーブルに置きました。
「妹なら遠慮はいらんな。今日は特別な遊びをしよう」
バッグから取り出されたのは変身用の道具。
フサフサした毛並みの犬耳カチューシャ。
黒い革製の、前足と後ろ足を模した巨大なミトン(手袋)。
猿轡(ボールギャグ)。
そして――太いプラグがついた、長い犬の尻尾。
「服を脱げ。そして、これらを着けろ」
私は震える手でドレスを脱ぎ捨てました。
全裸になった私は、言われるがままに犬のコスプレを装着させられました。
手足は自由がきかないミトンに包まれ、四つん這いになるしかありません。
口には赤いボールギャグが噛ませられ、言葉を封じられます。
そして最後に。
「ほら、尻尾だ」
ヌプッ……!
ジェルも塗られていない乾いたアナルに、太いプラグがねじ込まれました。
「んぐぅぅっ!!」
口枷越しに呻き声が漏れます。
異物感と圧迫感。お尻からふさふさした尻尾が生えた感覚。
鏡を見なくても分かります。
今の私は、完全に「牝犬」の姿です。
「よし。散歩に行くぞ」
田所社長は私の首輪にリードを繋ぐと、部屋の窓を開け放ちました。
そこは、このクラブのVIP専用の中庭でした。
高い塀に囲まれていますが、塀の隙間から覗かれてしまいそうな恐怖があります。
夜空は開けており、遠くにはマカオの煌びやかなカジノホテルのネオンが見えます。
石畳の冷たさが、手足のミトン越しに伝わってきます。
「ほら、歩け! 牝犬・深樹!」
深樹、と言われた私の心に戦慄が走りました。
まさか……バレてる!?
「あの女を初めて見たときからずっと、こんな風に辱めてやりたいと会うたびに思っていたんだよ。いやはや、双子の妹を使って願望が叶うとは、俺の人生もまだまだ捨てたもんじゃないな」
善良に見えたこの男にこんなアブノーマルな性癖があったとは!
私と会うたびに、心の中でこんな淫らな妄想に耽っていたとは!
真実を知ってしまった私の心には驚きと悲しみが満ちていました。
グイッ、とリードを引かれ、私は四つん這いで石畳の上を這いずりました。
お尻を高く突き出し、尻尾を揺らしながら。
「うぅ……っ、うーっ……」
屈辱で涙が滲みます。
夫の知り合いの前で、こんな姿を晒している。
もしこの男が何かのきっかけで私が本当に「深樹」であることに気づかれてしまったら、鬼灯様に恥をかかせてしまいますし、私や娘の陽葵の人生も破滅です。
だから今この瞬間瞬間、全身全霊で「ふしだらな双子の妹」を演じなければなりません。
……いいえ、演じる必要はありませんでした。
私はこの状況に、むしろ興奮していたのです。
私は上品で貞淑な如月家の若奥様・深樹じゃない、ただの淫らな牝犬。
誰に見られたって構わないわ。
「いい眺めだなぁ。あの堅物の深樹が、マカオで犬になってるなんて」
私を深樹だと思い込むことにしたようです。
社長はスマホを取り出し、這いずり回る私を撮影し始めました。
ライトが焚かれ、私の無様な姿が記録されていきます。
「ほら、こっちを向け。淫乱な顔だ。姉さんには絶対できない表情だな」
褒められているのか、蔑まれているのか。
頭が混乱し、思考が溶けていきます。
お尻のプラグが動くたびに内壁を擦り、快楽の波を送ってきます。
私はもう、自分が誰なのか分からなくなっていました。
やがて社長はベンチに腰掛け、私の口枷を外すとズボンのチャックを下ろしました。
「さあ、餌の時間だぞ。……お手」
「!!」
私は条件反射で駆け寄り、彼のアレに顔を近づけました。
ミトンをはめられた不自由な前足を、彼の膝に乗せます。
「よしよし。食え」
私は無我夢中でしゃぶりつきました。
口枷が外れたことで、口腔のすべてが解放されます。
私は彼の硬く勃ち上がったモノを根元まで咥え込み、舌全体を使ってねっとりと舐め上げました。
ジュルッ、ジュポッ、レロレロレロ……。
下品な水音が中庭に響きます。
早く、早く欲しい。
人間としての尊厳なんてどうでもいい。
美令(妹)のフリをして、姉(私)への欲情を受け止める。
その羞恥心を発散するかのように、私は喉の奥まで彼を受け入れ、頭を激しく前後に振って奉仕しました。
今の私に必要なのは、この目の前にある熱い餌《ザーメン》だけ。
「そうら、ご褒美だ!」
私の口から男根が引き抜かれます。
ドピュドピュドピュッ……!
熱い液体が、私の顔、首輪、そして犬耳にまで降り注ぎます。
「ん~っ! んんっ!」
私は目を細め、顔にかかる白濁液を舌で舐め取りました。
おいしい。
知っている人の精液だからでしょうか。
それとも、犬になりきって倫理観が崩壊したからでしょうか。
いつもの餌とは違う、背徳のスパイスの味がしました。
お腹が冷えて尿意を感じた私は精液にまみれた顔で、四つん這いのまま片足を高く上げます。
恥ずかしげもなくジョボジョボと黄色い尿を撒き散らし、痴呆のようにだらしなく笑いました。
「ハハハ! 本当に犬みたいだな! 緊張しているときの独特のイントネーションで、深樹ではないかとずっと疑っていたが、こんなことまでする女が深樹であるわけがないか」
社長の嘲笑が、夜の中庭に響きます。
今までずっと疑いを持っていたようです。
建設会社の社長という立場にあるだけあって、細部にまで鋭い観察力を持っているようです。
危なかった。
安堵の笑みが零れました。
「今日の私は高貴で気品あふれた深樹じゃない。下品で淫乱な牝犬の美令なの」
そう自分に言い聞かせることで、私はこの底なしの屈辱を、甘い蜜へと変えて飲み干したのです。
おそらく今ではもう、美令より私のほうが下品で淫乱な「牝豚」である事実に目を背けながら。