湯煙の彼方、熱を帯びる銀

 箱根の山々に早めの夕闇が迫っていた。  
 午後、私たちは「彫刻の森美術館」を歩いた。

 広大な野外展示場に並ぶ抽象的なブロンズ像や巨匠たちの彫刻。
 マスターはそれらを鑑賞しながら、時折、隣を歩く私の身体を冷徹な目で値踏みするように見つめた。
 言葉にはしなかったけれど、私にはわかっていた。
 彼にとって、芸術作品と綺麗に着飾った私という道具は、同列のコレクションに過ぎないのだと。

 私たちは、強羅(ごうら)の奥深くに佇む隠れ家のような高級旅館にチェックインした。  
 案内されたのは、広々としたテラスに専用の露天風呂がついた離れの客室だ。  
 夕食までのひととき、マスターは早々に浴衣に着替え、湯船に身体を沈めていた。
 森に向かって開かれたテラスからは、硫黄の香りが混じった白い湯気が、夜空に向かって立ち上っている。

 私は、まだ湯に浸かっていない。  
 藍色の浴衣を緩く羽織り、帯を締めただけの姿で、湯船の縁(ふち)に腰掛けていた。  
 晩秋の箱根の夜風は冷たく、素肌を刺す。目の前の湯船から溢れる熱気が、私の頬と、はだけた胸元を湿らせていた。

「環。森の芸術鑑賞の次は、お前の番だ」  
 マスターが、湯に浮かべた檜(ひのき)の盆から、熱燗の徳利(とっくり)を取り上げた。
 「酌をしろ。ただし、手は使うな。その自慢の『口』を使え」

 私は静かに浴衣の襟を寛げ、胸元を大きく露わにした。
 そして、マスターが差し出した猪口(ちょこ)から、熱々の日本酒を口に含む。

「ん……っ」
 熱い。
 喉が焼けそうなほどの温度だ。
 しかし、それ以上に熱を持ったのは、私の舌の裏側だった。
  銀のピアスだ。 
 金属は熱を伝えやすい。
 熱燗の温度を瞬時に吸収した銀色の球体は、私の口の中で、まるで小さな焼けた炭のように熱を帯びた。

 私は湯船に身を乗り出し、マスターの唇に自分の唇を重ねた。
 とろり、と熱い酒を彼の口へ流し込む。
 その際、意図的に舌を伸ばし、灼熱と化した銀のピアスを、マスターの舌や上顎に押し当てた。
「……ッ、熱いな」
 マスターが喉を鳴らして酒を飲み下し、ニヤリと笑った。
「銀は熱を吸う。今のキスは、痺れるほど効いたぞ」

「酒の肴(さかな)が足りないな。環、続きだ」  
 マスターは湯の中で脚を開き、自身の昂ぶりを水面に晒した。
 私は心得て、浴衣の裾を太ももの付け根まで大胆に捲り上げた。
 白く長い脚が夜の闇に浮かび上がる。
 湯船の縁にある濡れた石の上に膝をついた。

 顔を湯面すれすれまで近づける。
 湯気で湿った髪が頬に張り付く。  
 私は熱燗で十分に温まった口を開き、湯面から突き出たマスターの先端を咥え込んだ。

 今日のギミックは温度差だ。  
 外気で冷えた私の鼻先や頬に対し、口の中は熱燗と興奮で沸騰しそうなほど熱い。
 そして何より銀のピアスが凶器となる。  
 酒の熱を保ったままの金属球が、敏感な裏筋に触れるたびに、マスターの腰がピクリと跳ねる。

 じゅぼ、じゅる……。  
 静かな露天風呂に卑猥な水音が響く。
 時折私が深く頭を下げると、口元が湯に浸かり、ブクブクと泡立つ音が混じった。  
 湯の温かさと、私の口内の熱、ピアスの鋭利な熱さ。  
 それらが波状攻撃となってマスターを攻め立てる。

「くっ……環、その銀の熱さは、反則だ……」

 普段は冷静なマスターが、湯船の縁を掴んで堪えている。  
 その反応に嗜虐的な喜びを感じ、さらに舌を激しく動かした。
 熱を持った銀の球を、亀頭のカリに押し当て、グリグリと転がす。

 限界はすぐに訪れた。  
 マスターは私の後頭部を掴み、乱暴に腰を突き上げた。
 「飲め。熱いのが行くぞ」

 喉の奥に、熱燗よりもさらに熱く、ドロリとしたものが放たれる。  
 私は湯煙の中で目を細め、その濃厚な味わいを、熱を持った舌とピアスで絡め取りながら、ごくりと喉を鳴らして飲み干した。

 身体を離すと、私の口元から銀の糸が長く伸び、湯面に落ちた。  
 湯あたりしたように赤い顔。
 乱れた浴衣から覗く白い太ももと胸元。  
 夜風が汗ばんだ肌を冷やしていくけれど、お腹の底に溜まった「旦那様の熱」だけが、いつまでも私を内側から焦がしていた。

「いい余興だった。……だが、本番はこれからだ」  
 マスターは満足げに私の唇を指で拭うと、妖しく目を細めた。
「飯を食ったら、布団へ来い。今夜は朝まで、その身体の芯まで俺の道具として使い潰してやる」

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