私の部屋は隅田川沿いのマンションの9階にある。
窓の外には、ライトアップされたスカイツリーと、川面を行き交う屋形船の灯り。
上京してからの私の生活は、この夜景のように整然としていて、美しく、そして孤独だった。
この部屋は、誰にも邪魔されない私の「聖域」のはずだった。
「意外と片付いているな」
その男の声が、私の日常をガラス細工のように砕いた。
マスターが私の部屋にいる。
彼は革靴を脱ぎ、私のプライベートな空間――本棚に並んだ専門書や、可愛らしいクッション――を無遠慮な視線で値踏みした。
そして、部屋の中央にあるセミダブルベッドに、我が物顔で腰を下ろした。
「ここへ来い、環」
「はい」
私は彼の足元に跪いた。
窓の外では東京の美しい夜が広がっている。
カーテンを閉め切ったこの部屋の中は、酸素の薄い密室だった。
今日、ここで行われるのはデートではない。私の身体機能の改造だ。
「今日からしばらくここで徹底的にやる。お前のその喉が、食事のための器官ではなく、俺を受け入れるための『性器』だと認識するまでな」
「わかりました」
「まずは準備運動だ」
マスターは洗面所で丁寧に手を洗うと、私の前に戻ってきた。
その長く無骨な指が私の唇を割る。
「口を開け。舌を出せ」
命令通りにする。彼の指が二本、侵入してくる。
それは舌の上を滑り、喉の奥にある口蓋垂(のどちんこ)の裏側へと躊躇なく進んだ。
「ん……っ、ぐ……ぅ!?」
生理的な拒絶反応。 指先が喉の敏感な粘膜に触れた瞬間、胃袋が裏返るような吐き気が込み上げる。 「おえっ、げホッ……!」
涙目で顔を背けようとする私の顎を、彼は逃がさなかった。
「逃げるな。吐き気を理性で抑え込め」
「む、無理です……苦し、い……」
「無理じゃない。鼻で息を吸え。喉の力を抜け」
彼は冷静に、まるで医師が患部を触診するように、私の嘔吐反射が起きるポイント(トリガー)を撫で回す。
「おっ、え……ぁ、あ……」
何度も繰り返される刺激に、私の脳が麻痺し始める。
(異物が入っているのが、当たり前……?)
涙と涎で顔を濡らしながら、私は必死に喉の筋肉を弛緩させた。
「いいだろう。少しは慣れてきたようだな」
引き抜かれた指からは、銀色の糸が引いていた。
安堵したのも束の間、彼が鞄から取り出したのは、男根を模したシリコン製の張り型(ディープスロート・トレーニング用器具)だった。
血管まで再現されたそれは、無機質で、冷酷な光沢を放っている。
「次はこれだ。人間と違って、こいつは手加減を知らない」
「そんな、いきなり……」
「口を開け」
有無を言わせぬ圧力。
私は覚悟を決めて口を開いた。
冷たい異物が、喉の奥へと押し込まれる。
「んぐッ!!」
指とは比べ物にならない太さと質量。
それが気道を圧迫し、食道の入り口を無理やり押し広げる。
呼吸ができない。
パニックになりかけた私に、マスターの声が降ってくる。
「鼻で呼吸しろ。リズムを整えろ」
「すー、すー……っ、んぐ……」
私は器具を咥えたまま、必死に鼻呼吸を繰り返した。
喉が裂けそうだ。
不思議なことに、この「冷たさ」が私の高ぶる神経を鎮めていく。
私は今、ただの管になっている。
拡張され、固定され、自分の意思ではどうにもならない管に。
数十分後。
私が器具の存在に慣れ、涎を垂らしながらも一定のリズムで呼吸できるようになった頃、マスターはそれを引き抜いた。
「ぷはっ……はぁ、はぁ……」
「よく耐えた。だが、本番はここからだ」
カチャリ、とベルトが外れる音がした。
目の前に現れたのは、器具よりも太く、そして遥かに熱い、彼の脈動する肉棒。
「入れろ。今回は腰を使わん。ただ奥まで飲み込んで、その状態で耐えろ」
私は指でそれを支え、唇に導いた。
熱い。
生きている。
先ほどのシリコンとは違う、圧倒的な生命力。
先端が喉の奥に到達する。
そこから先は未知の領域だ。
「……ん、む……ぅ……!!」
ズズ、ズズズ……と、私は自ら頭を沈めていった。
苦しい。熱い。
先端が食道の入り口をこじ開け、私の身体の正中線に深く突き刺さる。
(入ってる……私の喉の奥の奥に、彼がいる)
呼吸が苦しいはずなのに、心臓の鼓動が早鐘を打つ。
首の皮一枚隔てたところに、彼の動脈と私の動脈がある。
「そうだ、環。そこで止まれ」
根元まで飲み込んだ状態で、停止命令が出る。
鼻先が彼の陰毛に埋もれ、私は彼の匂いに包まれた。
喉の奥がパンパンに張り詰め、彼の形に形状記憶されていく。
「どうだ? 自分の喉が犯されている気分は」
頭上から聞こえる声は、身体の内側に直接響いた。
私は答えられない代わりに、涙に濡れた瞳で彼を見上げた。
(……満たされてる)
苦しいのに、この太い楔が抜けてしまうのが怖い。
そんな異常な感情が、私の理性を完全に焼き尽くそうとしていた。
それから数日間、夜になるとマスターが私の部屋を訪れるのが日課となった。
場所はリビングから、ユニットバスへと移されていた。
理由は合理的かつ屈辱的だ。
「吐いてもすぐに流せるからな」
その言葉通り、ここはタイル張りの清潔な処刑場だった。
換気扇が回る低い音だけが響く狭い空間。
私たちは一糸纏わぬ全裸で向かい合っている。
湿気で曇った鏡に、私の肢体が映る。
髪はゴムで無造作にアップにまとめられ、白く細い首筋から背中のラインまでが露わになっている。
それは「どうぞ、好きなだけ首を掴んでください」と言わんばかりの、無防備な晒し首のようだった。
「準備はいいか」
バスタブの縁に座ったマスターが、猛り狂った自身を突き出す。
私は濡れた床に膝をつき、上目遣いで彼を見上げた。
「……はい」
恐怖がないと言えば嘘になる。
しかしそれ以上の期待で、私の股間はすでに潤み始めていた。
「来い」
合図とともに、私は彼の腰に抱きつき、限界まで口を開いた。
ズブ、ズブズブ……。
濡れた粘膜が擦れる水音が浴室に反響する。
喉の奥、食道の入り口まで先端が到達したところで、彼の手が私の後頭部を鷲掴みにした。
「今日は俺が動く。お前はただの『穴』になれ」
言うが早いか、彼は容赦なく腰を打ち付けてきた。
「んぐっ、ごふッ、おっ、ぐぅ……!!」
激しいピストン運動。
静的な訓練とは次元が違う。
太い杭が、私の喉奥を何度も何度も鑿(のみ)のように削っていく。
呼吸のリズムなんて作れない。
息を吸おうとした瞬間に塞がれ、吐こうとした瞬間に押し込まれる。
酸素が足りない。
視界がチカチカと明滅する。
(苦しい、死ぬ、殺される……!)
生存本能が警報を鳴らす。
頭を固定された私に逃げ場はない。
彼の容赦ない暴力的な愛撫が、私の理性を粉々に粉砕していく。
「……ごふっ、ぁ、けほッ!」
一瞬の隙に口が外れ、私は床に手をついて咳き込んだ。
透明な唾液が大量に床に落ち、シャワーの水流と共に排水溝へ吸い込まれていく。
「はぁ、はぁ……申し訳、ありませ……」
謝ろうとする私の顎を、彼が乱暴に掴んで上を向かせた。
「辛そうだな、環。涙と涎でぐしゃぐしゃじゃないか」
彼は嗜虐的に笑うと、私の胸元を濡れた指先で弾いた。
「っ!?」
「だが、身体は正直だぞ。見ろ、この乳首を」
彼は鏡の方へ私の顔を向けさせた。
そこには、苦痛に歪む顔とは裏腹に、ピンク色の乳首をパンパンに勃起させ、張り詰めている私の胸があった。
「こんなに硬くして……窒息しそうなのに、感じているのか?」
「ち、ちが……これは……」
「違う? じゃあ、この足元の水溜まりは何だ?」
彼の視線が私の股間に落ちる。
シャワーのお湯ではない。
明らかに粘度のある愛液が、私の秘所から太腿を伝って滴り落ちていた。
「口で苦しめられているのに、下はこんなに食べたがってヒクついている。変態だな、お前は」
「あ、ぅ……」
羞恥で顔が沸騰しそうだった。
図星だった。
喉を突き上げられる苦しさが、いつの間にか脳内で快楽に変換されていた。
(私、壊れてる。苦しいのに、もっと欲しいと思ってる)
その自覚が、さらなる興奮の油を注いだ。
「ほら、そのあさましい穴で、最後まで責任を取れ」
再び彼が侵入してくる。
今度は抵抗しなかった。
むしろ、自ら腰を浮かせて飲み込みに行った。
喉の最奥、人間が触れられてはいけない聖域を、彼が激しく抉る。
酸素欠乏で脳が真っ白になる。
世界が回る。
思考が溶ける。
(あ、あ、そこ……深い、すごい……!)
「出すぞ! 喉を開け!」
彼の絶叫に近い命令が聞こえた。
ドクンッ!!
喉の奥に灼熱の弾丸が撃ち込まれる。
その熱さが食道の内壁を焼き、私の神経中枢を直撃した。
「――ッッ!!!」
声にならない悲鳴とともに、私の身体が弓なりに跳ねた。
クリトリスには触れられていない。
なのに、喉への刺激と胃に落ちる精液の熱さだけで、私の脳が誤作動を起こした。
ビクン、ビクン、ビクンッ! 「んぐ、ぅぅぅーーーーッ!!」
子宮が激しく収縮し、目の前で花火が散った。
イった。
口で奉仕しながら、喉だけでイってしまった。
大量の白濁を飲み込みながら、私もまた、秘所から大量の蜜を噴き出し、浴室の床を汚していた。
「ぷはっ……はぁ、はぁ、はぁ……」
すべてが終わった後、私は濡れた床に崩れ落ちた。
全身が痙攣し、力が入らない。
口の周りは汚れ、髪は乱れ、酷い有様だ。
いっぽう、私の表情はどこか憑き物が落ちたように恍惚としていた。
「飲んだだけでイくとはな。お前の喉は、もう立派な性器だ」
マスターはシャワーで私の身体を洗い流すと、濡れた髪をかき上げ、私の顔を両手で包み込んだ。
叱責されるのか、あるいはまた命令されるのか。 私が身構えたその時――。
彼の顔が近づき、私の唇が、彼の唇によって塞がれた。
「――っ!?」
驚愕に、目が大きく見開かれる。
キス?
どうして?
今の私の口は、ほんの数分前まで彼の吐き出したもので汚れていた、ただの排泄場所だったはずだ。
それなのに、彼は躊躇うことなく、その美しい唇を押し付けてきた。
「……ん、ぁ……」
唇の隙間から、彼の舌が侵入してくる。
それは先ほどまでの暴力的なピストン運動とは違う、甘く、粘着質な動きで私の舌に絡みついた。
口の中に広がるのは、シャワーのお湯の味と……微かに残る、鉄と塩素の匂い。
彼自身の味。
彼が、私の口の中に残った「彼」ごと、私を愛そうとしている。
(ああ、認められた……)
気づいた瞬間、私の目から熱い涙が溢れ出した。
「ん……ぅ、うぅッ……!」
嗚咽が漏れそうになるのを、唇を合わせることで押し殺す。
嬉しい。
頭を撫でられるよりも、言葉で褒められるよりも。
このキスが何よりも私を、マスターの「牝」として肯定してくれていた。
私は彼の背中に抱きつき、背伸びをして応えた。
自分から舌を伸ばし、彼の舌に貪るように絡みつける。
チュプ、レロ、と卑猥な水音が浴室に響く。
それが愛の囁きのように聞こえる。
息ができないほど深く、長く。
私たちは憑かれたように唾液と熱を交換し合った。
「合格だ、環」
唇が離れた時、銀糸のような唾液が二人の間を繋いでいた。
彼は涙でぐしゃぐしゃになった私の頬を親指で拭い、満足げに微笑んだ。