第20話:蜜蝋の涙

 マカオでの生活が始まって、早くも二ヶ月半が経過しました。  
 異国の地での一人暮らし。
 本来なら不安で押し潰されていたかもしれません。  
 しかし、私の生活は驚くほど快適でした。

 それを支えてくれているのがウェイロンです。  
 彼はかつて私を騙した男娼でしたが、それはあくまで鬼灯様の命令による「仕事」だったと知りました。  
 今では、同じ主に仕える同僚として、あるいは先輩として、私の身の回りの世話を甲斐甲斐しく手伝ってくれています。  
 鬼灯様という共通のボスがいる連帯感からか、私は彼に親しみすら抱いていました。

 今夜もウェイロンが手配した車に乗り、仕事場へと向かいます。  
 客の選定は全て日本にいる鬼灯様が行っており、ウェイロンはあくまで現場のサポート役です。

 場所は、裏路地に佇む会員制のサロン。  
 今夜の使用者は、華僑系の資産家であるチェン氏。  

 私はまだ中国語が満足に話せません。
 覚えたのは「你好(こんにちは)」「是(はい)」「不是(いいえ)」、そして幾つかの仕事用の言葉だけ。  
 それでも、身体での会話ができれば問題ないのです。

 サンローランのドレスを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ全裸で彼の前に立ちました。  
 身につけているのは、黒革のチョーカーと、乳首のルビー、鉄の指輪、そして太腿の『椿と鬼』のタトゥーだけ。  
 口紅と香水は高級娼婦らしく、クリスチャン・ルブタンのルージュルブタンを塗り、トムフォードのブラック・オーキッドの香りをまとっています。  
 私は背筋を伸ばし、腰を直角に折って、深く頭を下げました。

「你好。我是(はじめまして、私は)M-009……」

 まだ拙い発音ですが、心を込めて定型の挨拶を紡ぎます。

「調教師の鬼灯様に愛ある調教をしていただき……『Ultimate Premium(究極品)』の『牝豚』として認定していただいております」

 ゆっくりと顔を上げ、チェン氏の瞳を正面から見つめて微笑みます。

「今宵は貴方様の淫らな夢を全て叶え……誠心誠意ご奉仕させていただきます」

 言い終えるや否や、私は彼の体に抱きつきました。  
 言葉の不足は、体で補えばいい。  
 私は彼に情欲的なキスをし、舌を絡ませました。  

 これはスイッチ。
 淑女から、淫乱な牝豚へと切り替わるための儀式。

「好、好(よし、いいぞ)……美しい」

 チェン氏は満足げに頷くと、天井から吊り下げられた赤い麻縄を手に取りました。

 数分後。  
 私は天井から吊るされ、宙に浮いていました。  
 手首と足首を赤い縄で拘束され、亀甲模様に妖しく成形された身体から、豊かなバストが砲弾のように飛び出しています。  
 M字に開脚させられた無防備な姿。  
 チェン氏が太い低温蝋燭に火を灯し、ゆらりと赤い炎が揺れます。

 ポタ、ポタ……。  
 赤い雨が、私の白い肌、特に乳首のルビーと太腿のタトゥーの上に降り注ぎました。  
 赤い縄で縛られた白い肌に、蝋の赤がさらに重ね掛けされ、芸術的で残酷な模様を描いていきます。

「熱ッ……! あぁっ……!」

 皮膚を焼く熱さ。  
 しかし私の脳内で、狂ったマゾ回路がスパークしました。  
 この熱さは、鬼灯様が私の子宮に注いでくださる、あの灼熱の餌に似ている。

「もっと……もっと熱いのを……ください……」
「想要的更多嗎?(もっと欲しいのか?)」

 チェン氏はニヤリと笑い、私の股間に蝋燭を近づけました。

「お前のその淫らな口は、許可があるまで塞いでおこう」

 ドロリ、と大量の蝋が、私のクリトリスと膣口に注がれました。

「ひギィッ!!??」

 鋭い熱さが粘膜を直撃し、冷えて固まるにつれて、私の性器を完全に封印してしまいました。  
 苦しい。
 中では疼いているのに、入り口を塞がれている閉塞感。

「よし。……開封だ」

 限界まで高まったその時、チェン氏が固まった蝋を一気に引き剥がしました。

 バリリッ!!!

「あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーっ!!!!」

 産毛や粘膜が引っ張られる鋭い痛みと、急激な開放感。  
 私は空中でガクガクと痙攣し、大量の愛液を床に撒き散らしました。  

 ですがこれで終わりではありません。  
 開放された私の膣口は、だらしなく口を開け、ヒクヒクと何かを求めて蠢いています。

「给我……(ください)……卑しい、牝豚の、熱い餌《ザーメン》を……!」

 私は涎を垂らして懇願しました。  
 痛みだけでは足りない。空っぽのお腹を埋めて欲しい。

「貪欲な牝豚だ!」

 チェン氏は自身の怒張した肉棒を取り出し、私の濡れそぼった秘所へ一気に突き上げました。

 ズプゥッ!!

「んぎぃっ!! 入っ……たぁ……!」

 蝋で虐められ、敏感になりきった粘膜を、硬い肉塊が容赦なく擦り上げます。  
 激しいピストン。  
 私は吊るされたまま、動物のように腰を振ってそれを受け入れました。

「出るぞ! 受け取れ!」

 ドプュッ、ドプュッ、ドクドクドク……!
「んん゛ーーーッ!! 熱いッ! おいひぃ……ッ!!」

 子宮の最奥に、熱い液体が叩き込まれました。  
 空腹だった私の子宮は、見知らぬ男の熱い餌《ザーメン》であっても貪欲に飲み干し、その熱量で私の脳を焼き尽くしました。

 私は床に降ろされると、すぐにチェン氏の股間に這いつくばりました。  
 萎えかけた彼のモノを丁寧に口に含み、残った精液を一滴残らず吸い出し、根本まで綺麗に舐め清めます。  
 「クリーニング」という名の、最後のおねだり。  
 この卑しい奉仕こそが、高級娼婦の流儀です。

「謝謝(ありがとうございます)。本日はご利用いただき、誠にありがとうございました」

 綺麗になった彼を見上げ、私は深々と頭を下げます。  
 チェン氏は満足げに頷き、財布からチップの小切手を取り出しました。  
 私は艶然と微笑み、自分の胸の谷間と、ガーターベルトの隙間を指でなぞってみせました。

「本日のチップは……どちらに入れてくださいますか?」
「ハハッ、とんだ小悪魔だ」

 チェン氏は笑いながら、私のガーターベルトに小切手をねじ込みました。  
 太腿に触れる紙切れの感触と、男の指の熱さ。
 それすらも私には快感でした。

 更衣室に戻り、スマートフォンを取り出しました。  
 鬼灯様への報告です。  
 この二ヶ月半、すでに二回ほどマカオに来て定期接種をしてくれましたが、次の月末まであと一週間もあります。  
 恋い焦がれる想いで通話ボタンを押しました。

『俺だ』
 スピーカーから響く低い声を聞いただけで、股間がキュンと疼きます。

「御主人様……! あ、あの、今夜のお仕事、終わりました……」
『知っている。チェンからすぐに連絡があった。「至高の芸術品だった」と絶賛していたぞ』

 御主人様の声には、機嫌の良い響きが含まれていました。

「本当ですか……! よかった……私、御主人様の名を汚さずに済みました……」
『ああ、よくやった。この二ヶ月、お前は順調に稼いでいるようだな』

 褒められた。  
 その事実だけで、胸がいっぱいになります。

『その調子なら……今度の定期接種は、いつもの部屋じゃなく、マンダリンオリエンタルのスイートをとってやってもいい』
「えっ……?」
『二泊だ。……三日間、ホテルに缶詰で、俺がお前を使い潰してやる』

 二泊。丸三日も、御主人様を独占できる。  
 それは私にとって、どんな宝石よりも価値のあるご褒美でした。

「はいっ……! やります! もっと頑張ります! だから……たっぷりと、可愛がってください……!」

『フッ、現金な奴だ。……楽しみにしていろ』

 プツリ、と通話が切れました。  
 私は携帯を胸に抱きしめ、歓喜に震えました。  
 
 あと一週間。  
 それまでどんな変態的な客が来ようとも、どんなハードなプレイだろうとも耐えられる。  
 すべては、あの方との甘美な三日間のために。

 私は鏡の中の自分に向かって、やる気に満ちた笑顔を向けました。  
『椿と鬼』のタトゥーが、以前よりも鮮やかに咲き誇っているように見えました。

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