第17話:共犯者たちの蠢動

Scene 1:勝者の執務室(日本・東北のある地方都市)

視点:錦織 大地(双子の弟)

 窓の外には、しんしんと雪が降り積もっている。  
 ここは東北の地方都市。
 古くからの風習が色濃く残るこの街で、錦織グループは絶対的な権力を持っている。  
 その本社ビルの最上階で、私――錦織大地は、温かい紅茶を口に運んでいた。  

 手元のスマートフォンが震えた。  
 表示名は『Hozuki』。
 マカオにいる協力者だ。

「はい、私です」

 私は努めて丁寧な声で応答した。  
 電話の向こうから聞こえてきたのは、ドスの効いた低い声だった。

『依頼の品、完成したぜ。商品としての格付試験、合格だ』

「おや、それは朗報ですね」

 私は口元を緩めた。  
 脳裏に浮かぶのは、かつてこの家で「兄の妻」として慎ましく、しかし退屈そうに生きていた女――錦織深樹の顔だ。  
 この地方特有の閉鎖的な空気に縛られ、「男児を産めない役立たず」と陰口を叩かれていた哀れな義姉。

『傑作だぜ。あの堅物が、今じゃ男の悦ばせ方を覚えて鳴いてやがる。極上の「牝豚」の誕生だ』
「ふふ、それは面白い。あの真面目な深樹さんが、ねぇ」

 想像するだけで愉悦がこみ上げてくる。  
 あの貞淑な女が、異国の地で男たちに犯され、快楽に堕ちているとは。  
 正直、兄の妻でなければ、俺が慰めてやりたかったくらいだ。
 だが、今はもう遅い。
 彼女には、錦織家の負の遺産をすべて背負って堕ちてもらう。

『これからはたっぷり稼いでもらう。……おい、そっちの「代用品」は上手くやってるのか?』
「ええ、完璧ですよ。美令は実に優秀だ。深樹さんのフリをして、私の妻として上手く立ち回ってくれています。周囲も、私が兄と入れ替わったことになど気づいていません」

 そう、この計画に綻びはない。  
 俺は無能な兄を排除し、美令は姉の立場を手に入れた。  
 戸籍上も何の変化もない。
 ただ中身だけが入れ替わっただけだ。

「引き続き、あちらの管理をお願いしますよ。もう一匹のほうも」
『ああ、分かってる。任せときな』

 通話を切り、雪景色を見下ろした。  
 双子は忌み子――この地方に残る古い迷信だ。

 かつて影として扱われた俺が、今こうして光の当たる場所に座っている。  
 兄さん、深樹さん。
 あなたたちの犠牲の上に成り立つこの景色は、とても美しいですよ。

Scene 2:偽りの母(日本・東北のある地方都市)

視点:霧島 美令(双子の妹)

 地方都市の閑静な住宅街にある、錦織家の和洋折衷の邸宅。  
 私は寝室で、小さな寝息を立てる女の子の顔を覗き込んでいた。  
 深樹お姉ちゃんの娘……今は、私の娘ということになっている子。

「……可愛い」

 そっと頬に触れると、温かい体温が伝わってくる。  
 この子は何も知らない。  
 ある日突然、母親が深樹から私・美令に入れ替わったことも。  
 父親が、叔父である大地に入れ替わったことも。

「ごめんね……でも、仕方なかったのよ」

 私は誰にともなく言い訳を呟く。  
 私は深樹が憎かった。
 双子として生まれたのに、私はずっと貧乏生活で、毒親のママのせいでおかしくなって道を踏み外したわ。
 それなのに特別養子縁組で裕福な家庭に引き取られた深樹は……そりゃそれなりに苦労はしたでしょう。
 政略結婚で婚約者がいて普通の恋愛ができなかったとか。
 家庭生活が灰色だとか。
 でも私が味わった苦労に比べたら……。

 お姉ちゃんは不幸だった。
 愛してもいない旦那様に冷遇され、義理の両親には家政婦のように扱われ、この広い家でずっと孤独だった。  
 だから私が解放してあげたの。  
 これからは、少なくともあんな冷え切った家庭よりは、刺激的な人生が待っているはずだわ。
 お姉ちゃんだって、私の双子なんだから、セックスが嫌いなはずないもの。

「ただいま、深樹」
「あ……お帰りなさい、あなた」

 部屋に入ってきた大地に、私は微笑みかける。  
 私たちは、表向きは「仲睦まじい夫婦」を演じている。
 かつての冷え切った仮面夫婦とは違う、理想的な家族。

「……あの子の様子は?」
「ぐっすり眠ってるわ……ねえ、お姉ちゃんたちは……どうなったの?」

 恐る恐る尋ねると、大地は優しげな笑みを浮かべたまま言った。

「無事に『就職』できそうですよ。お互い、天職に巡り会えて幸せでしょう」
「……そう。幸せになってくれるといいわね」

 その丁寧な口調に含まれる冷徹さに、私は背筋が寒くなった。  
 でも、もう戻れない。  
 私はお金と時間、良家の妻の地位と可愛い娘、そして共犯者を手に入れたのだから。  

 ……陽葵(ひまり)は私が本当のママじゃないとわかっているような気がするけれど……。

 ズキリ。
 心の中に芽生えた小さな罪悪感に蓋をして、共犯者のための食事を用意した。  
 今夜のメニューは、深樹お姉ちゃんが作っていた地味な和食じゃなく、もっと手の込んだフレンチにするわ。  
 私の方がいい妻だって、この家に証明しなくちゃいけないもの。

Scene 3:敗者の檻(マカオ・地下牢)

視点:錦織 大輝(双子の兄・夫)

 湿ったカビの臭いと、鉄錆の臭いが充満する地下牢。  
 ボクは薄汚れたコンクリートの床に、犬のように鎖で繋がれていた。

「くそっ……くそっ、なんでボクがこんな目に……!」

 体中が痛い。  
 昨日、屈強な男たちに犯された尻の穴が、火箸を突っ込まれたように熱い。  
 かつては錦織家の当主として、高級スーツに身を包み、女たちを侍らせていたボクが……今では男たちの慰み者にされている。  

 マゾ男娼。
 それが今のボクの肩書きだ。

「大地……ボクを謀りやがって……!」

 ボクは震える手で、看守からくすねた紙切れに文字を走らせていた。  
 これさえ届けば。
 大地に届けば、きっと助けてくれるはずだ。
 あいつは昔からボクの影として、ボクの言うことを聞いていた従順な弟なのだから。  

 きっと何かの間違いだ。
 少し懲らしめるつもりだっただけだろう? 
 謝れば許してくれるはずだ。

『大地、頼む。ボクが悪かった。会社も当主の座もお前にやる。 だからボクをここから出してくれ。 深樹はどうなってもいい。あんなつまらない女、好きにしていい。 娘もやる。ボクには必要ない。 だからボクだけは助けてくれ。ボクは錦織家の長男だぞ。こんな場所に落ちていい人間じゃないんだ!』

 書き殴った手紙を握りしめていると、カツ、カツ、と足音が近づいてきた。  
 鬼灯だ。
 この地下の支配者。

「手紙か?」
「ひっ……! あ、ああ……これを、弟に……大地に渡してくれ! 頼む! 金ならいくらでも払う!」

 ボクは必死に鉄格子越しに手紙を差し出した。  
 鬼灯は無表情でそれを受け取ると、軽く目を通し――鼻で笑った。

「呆れた野郎だな。今のお前に金なんて一銭もないぞ。妻も娘も売り渡して、自分だけ助かろうってか」 「うるさい! あんな女、最初からどうでもよかったんだ! ボクの人生のほうが大事だ!」

 ボクが叫ぶと、鬼灯は蔑むような目でボクを見下ろし、手紙にライターの火を近づけた。

「あ……!?」

 パッ、と炎が上がり、ボクの希望が灰になっていく。

「やめろ! やめてくれぇぇぇ!!」
「無駄だ。クライアント……お前の弟・錦織大地のオーダーは『完全な処分』。『二度と俺の前に顔を見せるな。そこで野垂れ死ね』だそうだ」

 鬼灯が、燃えカスを無慈悲に床へ踏みつける。

「ま、待て……嘘だろ……?」
「事実だ。テメェはここで、男に抱かれて朽ち果てるんだよ」

 鬼灯の目が、爬虫類のように細められた。

「安心しな。お前の妻は、お前なんかよりよほど優秀だぜ。……テメェが与えられなかった悦びを知って、幸せそうに鳴いてたよ」
「あ……あぁ……」

 誰も助けに来ない。  
 鬼灯が去っていく背中に、ボクは絶望の叫びを上げた。

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