マカオの強い日差しが、ショーウィンドウのガラスに反射して眩しいほどでした。
地下の調教部屋から出た私は、久しぶりに吸う外の空気に少し目眩を覚えながら、鬼灯様の腕に手を添えて歩いていました。
行き交う人々は皆、華やかな服装で談笑しています。
その中を、私は背筋を伸ばして歩きます。
側から見れば、年の離れた裕福な恋人同士のデートに見えるかもしれません。
けれど、私の心臓は早鐘を打ち続けていました。
これはデートではありません。
私の「出荷」のための最終仕上げなのだと、身体の奥が理解して疼いているからです。
「まずは香りからだ。女の記憶は匂いで定着する」
鬼灯様が私を連れて入ったのは、高級ホテル『ウィン・パレス』のショッピングアーケードにある『TOM FORD BEAUTY(トム フォード ビューティ)』でした。
黒とゴールドを基調とした重厚な店内。
鬼灯様は迷うことなく、深紅のボトルを手に取りました。
「『JASMIN ROUGE(ジャスミン ルージュ)』。妖艶だが、どこか毒を含んだ甘さがある。お前に似合いだ」
彼はテスターを私の手首と、うなじに吹きかけました。
スパイシーなフローラルの香りが鼻腔をくすぐります。
それはかつて、貞淑な妻だった私が選んでいた清楚な石鹸の香りとは対極にある、濃厚で官能的な「雌」の香りでした。
さらに、『リップ カラー マット』の鮮烈なルビーラッシュを選び、私の唇に指で直接塗りたくります。
「ん……」
「いい発色だ。口紅(ルージュ)は濃い方がいい。精液で落ちた時、その無様な乱れ方が客を興奮させるからな」
店員の目の前で囁かれた恥ずかしい言葉に、私は頬を染めて俯くしかありませんでした。
けれど、鏡に映る赤い唇の私は、以前よりずっと生き生きとして見えたのです。
買い物の合間に、私たちは噴水ショーの見えるテラスレストランでランチを取りました。
予約されていたのは、ミシュランの星を持つフレンチレストラン。
真っ白なクロスの上には、芸術品のようなアミューズが並びます。
「口を開けろ」
「あ……ん……」
鬼灯様がフォークで切り分けたフォアグラを、私の口に運んでくれます。
甘美な脂の味が舌の上で溶けました。
周囲の客は、優雅なカップルの戯れだと微笑ましく見ているでしょう。
でも違うのです。
これは「餌付け」。
私はテーブルの下で、太腿をぎゅっと擦り合わせました。
高級な食材よりも、鬼灯様の熱い餌《ザーメン》でお腹を満たしたい……そんな卑しい渇望を必死に押し殺しながら、私は淑女の仮面を被って微笑みました。
「美味しいか? たっぷりと栄養をつけておけ。夜になれば、嫌というほどカロリーを使わせてやる」
意味深な言葉に、子宮がキュンと収縮しました。
ランチの後は、いよいよ「中身」の支度です。
連れて行かれたのは、イタリアの至宝と称されるランジェリーブランド『La Perla(ラペルラ)』のブティックでした。
肌触りの良いシルクや、繊細なリバーレースが施された宝石のような下着たち。
かつての私は、ワコールやトリンプの実用的な下着か、精々デパートで買うサルートが関の山でした。こんな、一着で数万円もするような芸術品を身につける日が来るとは……。
「これと、これだ。サイズは分かっているな?」
「はい、鬼灯様」
選ばれたのは、『Maison(メゾン)』コレクションのブラック。
フラスタリオと呼ばれる伝統的な刺繍技法が施された、ラペルラを象徴するシリーズです。
しかし、鬼灯様が選んだのはただのセットではありませんでした。
ブラジャーは、バストトップが透けて見えるほど薄いノンパテッドのレース。
ショーツは、サイドが紐一本で繋がれたTバック(ソング)。
そして、太腿を飾るためのガーターベルト。
試着室に入り、服を脱ぎ捨てます。
鏡に映る私は、全裸に黒いレースを纏っただけの姿になりました。
黒いシルクが、白磁のような肌に吸い付くようにフィットします。
高貴で、優美。
けれど、その布面積はあまりに少なく、隠すべき場所は透け、食い込んだクロッチが秘裂の形をくっきりと浮き上がらせて、私の「用途」をあからさまに主張していました。
ガチャリ。
鍵をかけていない試着室のドアが開き、鬼灯様が入ってきました。
狭い個室に、男の匂いとトムフォードの香水の香りが充満します。
「悪くない」
鬼灯様の冷たい指が、レース越しの乳首をなぞりました。
ビクッ、と背筋が跳ねます。
「高級な包装紙だ。中身が安っぽい牝豚でも、これを着ければ極上の商品に見える」
「あっ……はぃ……っ」
「勘違いするなよ。これは俺が楽しむためじゃない。客がこの薄い布を破り、汚すための演出だ」
耳元で囁かれながら、ガーターベルトの留め具をパチン、と弾かれました。
その屈辱的な言葉さえ、今の私には最高の賛辞に聞こえます。
私はこの高級なレースを、精液で汚されるために着るのです。
そう思うと、試着室の中で蜜が溢れ出し、新品のクロッチを汚してしまいそうでした。
「さあ、次は外側だ。お前の『正装』を選びに行くぞ」
下着を身につけたまま、私たちは次の店へと向かいました。
最後に訪れたのは、『Saint Laurent(サンローラン)』のブティック。
エッジの効いた、官能的で力強いモードブランド。
鬼灯様が店員に指示し、奥から運ばれてきたのは、漆黒のイブニングドレスでした。
「着てみろ」
再び試着室へ。
ラペルラの下着の上から、そのドレスに袖を通しました。
滑らかなベルベット素材。
正面から見ると、首元まで詰まったハイネックで、長袖。露出は一切なく、まるで修道女のように禁欲的でエレガントなデザインです。
しかし――。
「後ろを向け」
鬼灯様の命令で振り返り、私は鏡越しに自分の背中を見ました。
息を呑むような光景でした。
背中は首の付け根から腰のくびれ、いえ、お尻の割れ目が見えそうなほど際どい位置まで、大胆にカットされていたのです。
白い背骨のラインが、闇の中に浮かび上がるように晒されています。
さらに、スカート部分。
歩き出そうと足を一歩踏み出すと、左太腿に入った深いスリットがぱっくりと割れ、脚の付け根までが露わになりました。
ガーターベルトの金具と、黒いストッキングのレースが、瞬きするような一瞬だけチラリと覗くのです。
「これが娼婦としてのお前の『正装』だ」
鬼灯様が満足げに頷きました。
「服を着ている時は、誰よりも気高く、近寄りがたい貴婦人を演じろ。男たちはその禁欲的な布の下に、どれほど淫らな肉体が隠されているかを想像して猛り狂う」
彼は足元に跪き、私の足に『Christian Louboutin(クリスチャン ルブタン)』のピンヒールを履かせました。
高さ12センチのスティレットヒール。
その裏側は、血のように、あるいは完熟した果実のように赤いレッドソールです。
「そして、脱いだ時は……」
鬼灯様の手が、スリットから太腿の内側へと滑り込みます。
ザラリとした指先が、ラペルラの極薄のショーツの上から、私の秘所を弄りました。
「んっ……! あぁ……っ!」
「脱いだ時は、ただの穴だ。高価な布も、宝石も、すべては男を受け入れるための装飾に過ぎない」
鏡の中の私は、サンローランのドレスとルブタンのヒールで武装し、どこかの国の王妃のように見えました。
けれどその瞳はとろんと潤み、股間は主人の指に弄られて、だらしなく涎を垂らそうとしています。
これが、私の正装。
高貴な聖女の皮を被った、卑しい牝豚。
「では、最後の仕上げにかかるとしようか」
鬼灯様は私の濡れた指を舐め取り、邪悪な笑みを浮かべました。
「お前に、一生消えない『所有の証』……極上の値札を刻んでやる」