十月上旬の日曜日の昼下がり。鬼灯さんの葬儀を終えて一段落した私は、紫苑に呼ばれて古民家を訪れていた。私達なりの供養をするのだという。紫苑は最近の週末、後片付けなどの関係でずっと泊まり続けているそうだ。
紅葉にはまだ少し早いが、心地よい秋風が吹く晴天の渓谷は、喪失感から抜け出せない私の心を和ませてくれた。けれども、主を失った人気のない家屋はひっそりと静まり返っていて、鬼灯さんが逝った事実を痛感させるのだった。
近隣の町でひっそりと行った葬儀には、どこから聞きつけたのかわらないが、意外なことに多くの人が焼香を上げに来てくれていた。緊縛界では今でも有名で慕い続けている人もたくさんいたのだ。
気難しい性格の彼に近づき難く、また晴耕雨読の暮らしをすると決めた彼の邪魔をしないよう遠慮していただけらしい。
葬儀の後、私たちは根掘り葉掘りと鬼灯さんとの関係を尋ねられた。皆、紫苑が実の息子であり、鬼灯さんの縄を自分なりに継承したことを自分のことのように喜んでくれた。
*
鬼灯さんが逝った数日後、配達日指定郵便サービスで私のマンションに一通の手紙が届いた。鬼灯さんの不器用な筆致で、隠し続けてきた真実が綴られていた。 私の母・紗夜と鬼灯さんがかつて愛し合っていたこと。 紫苑の実の母親が出ていったこと。紫苑が幼い頃に私の母・紗夜を慕い、初恋にも似た憧れを抱いていたこと。そして、鬼灯さんが私を縛る時、そこに亡き母の面影を重ねていたこと。
「……そうだったのね」
読み終えた私は、不思議とショックを受けなかった。むしろ、色々なことが腑に落ちた気がした。 鬼灯さんから感じていた、焦がれるような、どこか遠くを見ているような感傷的な視線。あれは私を通して昔の母とのことを思い出していたのだ。 私たち三人は、今は亡き母を軸として、見えない運命の太い糸で固く結びついていたのだ。
(ありがとう、お母さん)
私と父を捨て、見知らぬ男の元へ走ったという母を、私はずっと軽蔑し、嫌い、忘れようとしていた。でも今は、母がそうした気持ちが理解できるし、鬼灯さんと出会わせてくれたことに心から感謝している。
それはよいのだが、鬼灯さんの死去により、私の心に再びぽっかりと穴が開いてしまったような気がしている。恋人のように慕い、父代わりでもあり、その激しい縄で私の心の闇を焼き払ってくれた人。そんな人の不在は大きい。
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鬼灯さんが書斎として使っていた室内で彼を想い喪失感に震える私。その肩を、温かい手が包み込んだ。 もちろん紫苑には、鬼灯さんの手紙に書かれていた事実を余すことなく伝えてある。幼少時に紗夜という同じ女性を「母」として慕っていたことがわかると、奇縁を実感した私たちの関係はなおいっそう深まった。
紫苑は私の涙を指で拭うと、真っ直ぐに私を見つめた。その瞳は、頼りない少年のものではなく、大きな壁を乗り越えて自信をつけた「大人の男」の色合いを湛えている。
「紗英はずっと、心の穴を親父の緊縛で埋めていた。でも親父が紗英を抱くことはなく、自分が病に犯されていることを打ち明け、別の若い男と付き合うことを勧めて突き離そうとした。君はそんな父から離れられず、父のケアをする代わりに緊縛で心の穴を埋めてもらい続けた。ここまでは合ってる?」
「ええ」
「抱こうとしない父では満たされない身体の疼きと寂しさは、父の助言に従い、自分を好きと言ってくれる、歳下の部下で扱いやすい俺と付き合い、セックスすることで埋めていた。つまり、君の心の穴を俺の親父が、身体の穴を息子の俺が埋めていたんだ」
「その通りよ。軽蔑する?」
図星だった。私は鬼灯さんで精神を安定させ、紫苑で肉欲を満たしていた。私は親子二人に頼って生きていたので。その当時は雰囲気が違う二人が親子だなんて、かけらも思いもしなかった。成長した今の紫苑には鬼灯さんの面影を感じることもあるが。
「いや、これは俺たちの関係が次のステップに進むために必要な、単なる事実確認だよ。俺が何のために憎み続けていた親父に頭を下げてまで教えを乞うた理由は、紗英にだってよくわかっているだろう?」
私はどう答えるか迷い、睫毛を瞬かせて視線を外す。
「そうだけど、私は紫苑が思っているほど強い女でも、頭の良い女でもないわ。だから……」
「だから?」
「こういうことは、恋人の男性のほうからはっきり言って欲しいのよ」
ああ、言ってしまった。どうしよう。動悸がしてきた。顔も紅潮してきた気がする。恥ずかしい。
「そうだな」
そんな私の腰を引き寄せ、紫苑が強く抱きしめると耳元ではっきり、こう囁いた。
「これからは、恋人の俺が両方の穴を埋める。心と身体、両方の。俺の縄と俺の愛で、一生、お前の全てを満たしてみせる」
*
熱に浮かされたまま連れていかれたのは、かつて鬼灯さんに紫苑が免許皆伝を宣言された、あの緊縛部屋だった。
「思い出深いこの部屋で、俺たちなりの方法で、親父の供養を行う」
すでに頭上の梁からは紫苑の象徴である『蒼い縄』が垂らされ、吊り緊縛の準備が整えられている。部屋には彼が愛用するバームの香りが濃厚に漂っていた。鬼灯さんの緋色の縄は、もうここにはない。
あのときとは違って師は不在だが、私に恐怖は微塵もなかった。紫苑がどれほど私のために身体構造を学び、安全管理を徹底し、私を愛してくれているかを、この身体が記憶していたからだ。
蒼い縄が私の肢体に絡みつく。きつく、しかし慈しむように優しく。急所を避けた絶妙な位置で締め上げられ、私の身体が安定して支えられる。
続けて、足首と膝に掛かった縄が天井のフックに引かれ、私の両脚は強制的に、扇を広げるようにY字に開かれた。
身体が宙に浮く。重力に従って腰が沈み、逆に開かれた秘部がこれ以上ないほど露わになる。
「……あん」
恥ずかしい。羞恥で男をそそる媚びた声が勝手に漏れる。この縄は私の重さを、私の全てを包み込んでくれる。ゆらり、と揺りかごで揺られているような浮遊感と、指一本動かせない絶対的な拘束感。脳が痺れ、陶酔という名の縄酔いが頭の芯まで満たしていく。
そんな無防備に揺れている私の腰が、紫苑の大きな両手でガッチリと掴まれた。逃げ場のない空中で、剥き出しにされた濡れた秘所に、猛り狂う彼の楔(くさび)があてがわれる。
ズブリ、と重い音がした。
「ぁ……ッ、あぁあ!」
空中に浮遊している私の膣内(なか)が、太くて硬い彼自身の象徴で、こじ開けられるように満たされていく。 本来なら不安定で逃げてしまう体が、紫苑の腕力と縄の張力によって空中で固定され、杭を打たれるように奥深くまで貫かれる。子宮の入り口をノックされるほどの深さ。
「いやあんっ!」
思わず獣のような声が漏れた。すごい。これまでと何かが決定的に違う。驚いてイヤと叫んでしまったが、拒絶ではない。むしろ歓喜だ。緊縛され、重力に引かれながら交わる行為が、これほどまでに深く、重いなんて。
今、私の外側は紫苑の優しさを感じる縄に包み込まれ、内側は紫苑の男らしさを感じる熱い肉棒で満たされている。
かつて感じていた喪失感。心のぽっかり空いた穴が、彼の分身である蒼い縄で埋められ、渇いた身体の穴が、彼自身によって隙間なく埋められている。
縄酔いの浮遊感と、愛する人が突き上げる激しい律動が重なり、これまで経験したことのない多幸感で意識が白く霞んでいく。
「紗英! 愛してるっ! 結婚、するぞっ!」
紫苑が、私の腰を固定してさらに深く抉りながら、荒い息で宣言した。汗に濡れた前髪、情熱に潤んだ瞳。彼独特の油と雄の匂い。
こんな、宙吊りにされて、あられもない姿で貫かれて、ケモノのように喘いでいる最中に。おかしくて、嬉しくて、愛おしくて、幸せで、涙が溢れて止まらない。
「紫苑! 愛してるっ! ……だからっ、私の穴を一生、埋め続けてっ……ご主人様っ!」
私と紫苑の、身体と心がぴったりと重なりあった瞬間。 蒼い縄がギチリと軋み、膣内が白濁した熱い愛で満たされていく。理性が弾け飛び、視界が真っ白になる。
そして私は、どこまでも高く、澄み渡る蒼い空へと昇り詰めていった。
*
その帰り。私たちは鬼灯さんの墓前にいた。 お供えした線香の煙が真っ直ぐに立ち上る。
「父さん。俺たち、結婚することにした」
紫苑が語りかける。
「紗英はもう大丈夫だ。俺が一生かけて『両方の穴』を埋め続けるから。だからそっちは紗夜義母(かあ)さんとよろしくやってくれ」
なんて報告をするんだろう。私は顔を赤くして、紫苑さんの脇腹をつついた。でも、きっと鬼灯さんなら、ぬかしよる、なんて言って苦笑いしてくれる気がした。
「色々とありがとうございました。私は紫苑と幸せになります。だから鬼灯さんも、私の母と幸せになってくださいね」
私もそう報告して、深々とお辞儀をした。
風が吹いた。
墓石の周りに、季節外れの鬼灯(ほおずき)の実が一輪、揺れていた。きっと、むこうで聞いていた鬼灯さんが、身体を揺らして笑ってくれたのだと思う。