スマホのブルーライトが、私の真剣な顔を照らしている。
画面に表示されているのは、男性器の解剖図と、風俗嬢が書き込んだと思われる技術指南の掲示板だ。
『カリ首(冠状溝)は神経の密集地帯。ここを舌先で転がすように……』
私は手元のメモ帳にペンを走らせた。
受験勉強の時と同じだ。
構造を理解し、要点を押さえれば、攻略できない問題はない。
私は今まで、彼のモノを「ただの棒」として扱っていた。
それが間違いだったのだ。
これは精密機械だ。
適切な場所に適切な圧力をかければ、あの冷徹なマスターといえども理性を保ってはいられないはず。
「裏筋、覚えたわ」
私はスマホを置き、虚空を見つめて舌を動かした。イメージトレーニングは完璧だ。
実践の時が来た。
私は静かに宣言し、彼の前に跪いた。
いつもなら、すぐに深く咥え込もうとする私を、今日は理性が押し留めた。
(焦らないで。まずは「点」の攻略よ。予習通りに)
私は逸る気持ちを抑え、猛るその先端だけに狙いを定めた。
傘のように張り出したカリの部分。
そこに、尖らせた舌先を筆のように這わせる。
「……ん」
頭上から、微かな吐息が漏れた。
(当たりだ)
手応えを感じた私は、さらに執拗に攻め立てた。
舐めるだけではない。
舌先で「つつく」ように弾いたり、吸い付くように「キス」をしたり。
特に、さっき覚えたばかりの裏側の筋張った部分――小帯と呼ばれる急所には、細心の注意を払って愛撫を繰り返した。
濡れた舌でなぞり上げると、彼の腰がビクリと跳ねる。
楽しい。
まるであの大きな身体が楽器になったようだ。
ピアノの鍵盤を叩くように、私の舌一つで彼の反応をコントロールできている。
先端をいじめ抜いて、彼が痺れを切らし始めたタイミングを見計らい、私は戦術を一変させた。
「……んむッ!」
唇を大きく開き、根本まで一気に飲み込む。
今度は「繊細さ」などいらない。
必要なのは「密着」と「吸引」だ。
頬がこけるほど強く空気を吸い出し、口腔内を真空状態にする。
ジュボ、ジュボ、と卑猥な水音が部屋に響くが、今の私にはそれが正解の音に聞こえる。
(もっと、もっと強く吸い上げないと)
口で補えない根本の部分は、手で筒を作って締め上げた。
柔らかい粘膜の感触と硬い掌の圧迫感。
このギャップが彼を追い詰めることを、私はもう知っている。
「……環、そこだ。もっと吸え」
いつもは命令ばかりの彼が、今は私の技術に縋(すが)るような声を上げている。
その事実が、何よりも私を興奮させた。
私の計算が正しければ、その時はもう間もなく訪れる。
これまで規則的だった彼の下腹部の律動が、不規則な痙攣へと変わり始めていた。
張り詰めた筋肉、荒くなる呼吸、口腔内で膨れ上がる質量。
すべての変数が臨界点を示している。
「……出すぞ」
短く、切迫した宣言。
私は即座に脳内のモードを切り替えた。
刺激から収容へ。
ここで口を離してぶち撒けさせれば楽だろう。
だが、それは私のプライドが許さない。
(一滴たりとも、無駄にはしない)
私は覚悟を決め、顎を引いて喉の奥を大きく開いた。
ドクン、と世界が揺れた。
直後、喉の最奥に叩きつけられたのは熱を持った濁流だった。
「――っ、んぐッ!?」
熱い。
そして、強烈な衝撃。
前回よりも遥かに多い量が、私の食道を容赦なく蹂躙していく。
気道が圧迫され、生理的な涙が視界を白く染める。
(……不味い)
本能がそう叫んだ。
鉄錆のような臭気と、鼻に抜ける塩素の刺激臭。
そして舌の根に残る、まとわりつくようなえぐみ。
決して美味なものではない。
むしろ嘔吐中枢を刺激するだけの異物だ。
胃袋が拒絶反応を起こし、逆流しそうになる。
『優奈なら、ここでおねだりしたぞ』
ふと、忌々しい記憶が脳裏をよぎった。
あの子は、この苦行を笑顔で受け入れていたというのか。
……負けるものか。
あんな能天気な女にできて、完璧な私にできないはずがない。
これは単なるタンパク質の摂取だ。
ミッションの完了処理だ。
私がここで吐き出せば、それは私の敗北を意味する。
(飲みなさい、環。これは汚物じゃない。貴女が完璧に役目を果たした証拠――『満点』の答案用紙よ)
私は理性で咽頭筋をコントロールし、逆流しようとする波をねじ伏せた。
「ん、ぐ……ごくんッ」
喉を鳴らし、全ての熱を胃袋へと送り込む。
一度では終わらない。
二度、三度。
呼吸すら忘れて、私はひたすらに彼を受け入れ続けた。
やがて、彼に再び襲いかかってきた最後の波まで余さず飲み干し、私はようやく唇を離した。
「……はぁ、っ……ん」
酸素を求めて荒い息をつく。
口の中に広がる後味は、最悪に苦かった。
空っぽになった口内を確認し、私は胸の内で歪んだ笑みを浮かべた。
汚れていない。
こぼしていない。
私は今度こそ、完璧にやり遂げたのだ。
「悪くなかったぞ」
事後、気怠げに珈琲に口をつけるマスターが、短くそう漏らした。
私は口元の汚れを拭いながら、心の中でガッツポーズをする。
偶然ではない。
私の研究と実践が、確かな成果として叩き出されたのだ。
(見たでしょう、マスター。これが私の実力よ)
優奈のような天性の奉仕能力を持っていなくても、知性と努力でカバーできる。
私は誇らしげにマスターの顔をキリリと見上げた。
「次回は、さらに精度を上げて参ります」
その言葉は、奉仕者としての従順さよりも、研究者としての傲慢さに満ちていた。
それから数日経った夜のことだった。
いつものように私が奉仕を終え、彼からの白濁を受け止めようと喉を鳴らした直後。
マスターは、私の頭を愛おしげに撫でながら、耳元でこう囁いたのだ。
「よくできたな、環。とびきりのご褒美だ。一滴も残さず味わえ」
ご褒美。
その甘美な響きが、私の脳髄を痺れさせた。
今まで私は、これを処理すべきタスクや優奈に勝つためのスコアだと思っていた。
違う。
これは彼が私の努力を認め、私にだけ与えてくれる「特典」なのだ。
そう認識した瞬間、味覚の定義が書き換わった。
(……あたたかい)
喉を通り過ぎていく熱量は変わらないはず。
今の私にはそれが、極上のスープのように感じられた。
舌に残る独特のえぐみさえ、彼という存在の濃厚さを証明するスパイスに変わる。
汚いとか、不味いとか、そんな生理的な拒絶反応は霧散していた。
「……ん、っ……ふぅ」
すべてを飲み干した私は、恍惚とした吐息を漏らした。
胃袋の底から、じんわりとした熱が広がっていく。
それは単なる体温の移動ではない。
彼の支配が、彼の愛と錯覚するものが、私の身体の内側から満たしていく感覚。
空っぽだった私の心と体に、彼のエッセンスが注ぎ込まれた充足感。
(美味しい……)
味覚として美味しいのではない。
「私が彼に認められた」という事実が、この行為を無上の甘さに変えているのだ。
私は潤んだ瞳で彼を見上げた。
「ごちそうさまでした、マスター」
自然と口をついて出たその言葉は、もはや優等生の仮面を被った演技ではなかった。
ただのエサを待つ、従順で幸福な雌の言葉だった。
「いい顔をするようになったな」
彼は満足げに笑い、汚れた私の唇を親指でなぞった。
その指についた残り雫さえ、今の私には何よりも惜しい「報酬」に見えた。
私は思わず彼の指先に舌を伸ばしていた。