Final Discipline 疑問の余地のない、完全に合意の上での、私のための性行為 第1話

「久しぶりだな、吉野めぐみ・・・いや今は橘めぐみだったな。大人っぽさが増していっそう綺麗になった」

 薄暗い調教部屋の奥、懐かしい赤いソファをこちら側に向けて黒いバスローブ姿でゆったりと腰掛けている彼は、ドアを閉めた私に穏やかな声と表情でそう告げる。私は裸体に視線を感じながら、負けじと穏やかな声と表情で返答する。

「お久しぶりですわ、桐原拓海様。お褒めにあずかり恐縮です。そちらは随分お疲れのご様子ですが、大丈夫なのですか?」

 橘家は由緒ある名家なので、私も相応の言葉遣いを要求されることが時々ある。そこに込めた慇懃無礼なトーンと、桐原拓海という他人行儀な呼び方に込めた意味を敏感に察した彼は苦い顔をする。

「大丈夫だよ。だがここ数年、新規事業の立ち上げで日本とロシアを行ったり来たりでずっと忙しかったし、俺ももう40代に突入したからな。初老の疲れたおじさんの顔なのは勘弁してくれないか?」
「それだけですか?綺麗なロシア人の奥様の夜のお相手でお疲れなのかと。お子様もお生まれになったとか」
「ナターシャも息子のアレクセイも元気だ。お前も橘優斗と結婚して娘を生んだそうだが、幸せに暮らしているか?」
「ええ、優斗はわたくしを大事にしてくださるし、義理のご家族もみんな良い方ばかり。生まれて半年の娘の真奈美も健康に育っています。金銭や住居などでも不自由はしていませんし、幸せに暮らしておりますわ」
「そうか、それは何よりだが・・・お前がここに来たのは、そのことを俺に伝えるためだけか?」

 彼の表情は寂しげだ。彼自身が描いた筋書きなのに、自分も傷ついている。そんな筋書きなんて描かなければいいのに。馬鹿な人。でも・・・。

「そうね、でもそれだけではありませんわ。ここへ来た理由は他にもう二つ。ひとつは拓海さんの勘違いを訂正するため。もうひとつはご褒美と罰をいただくためですわ」
「勘違い?それにご褒美と罰だと?」
 怪訝そうな顔。彼にそんな表情をさせることができて嬉しい。

「お忘れですか?3年前のあの手紙で拓海さんはこうお命じになられましたよね?『俺が新ビジネスを立ち上げナターシャと話し合う間、お前は俺のことを忘れて、お前の好きな優斗という男と交際し、結婚し、子どもを生め』と。その上で再会したとき『俺はお前を俺のマゾ牝奴隷妻ヘドネーと呼ぶだろう』とも。わたくしはほぼご命令どおりに致しましたわ。だからご褒美と罰をくださいませ」

「褒美のほうはわかるが、罰というのはなんだ?」
「それは『俺のことを忘れろ』というご命令を守れなかったからですわ。あれから今日に至るまで、わたくしはあなたのことを一日たりとも忘れたことはありません」

 本当に酷い男。あんな別れ方をして忘れられるわけがない。でも許せるのは、この男も私のことを忘れていなかったからだ。私が関西で優斗と暮らしているとき何度か様子をこっそり見に来たことや、真理愛達を観光旅行という名目で偵察に送り込んできたことを知っている。

 なぜ知っているかというと、真理愛が拓海さんに様子を見てくるように頼まれたとあっけらかんと話してくれたからだ。ああいう性格の彼女に秘密の行動をとらせるのは無理があると思うけど、策士の彼のことだから、彼女が話してしまうことまで考慮していたのかもしれない。

「なるほどな。で、俺の勘違いというのは?」
「ええ、置手紙には『昨夜の最後の絶頂をもってお前を100回イカせたことになり、俺たちの契約は完了しお前は自由だ』と書かれていました。しかし絶頂回数はお互いの合意をもってカウントされると契約書に明記されております。そして、わたくしは100回イッたことなど認めておりません。だからあの契約はまだ有効です」

 日本では契約書を交わしても、細かな項目はなあなあで済ませられていることが多く、私達の関係でもそうだった。でも大事なときにはそれを持ち出して自分の主張を通すことができるのだ。
 この場合、私が拓海さんによって100回絶頂させられたと認めない限りは永遠にこの契約が延長されることになる。だから、拓海さんとの関係を続けるかどうかの決定権は実は私にあるのだ。本当にずるい男・・そして優しいご主人様・・・。

「橘めぐみ、お前は優斗と結婚した今でも俺をご主人様と仰ぎ、俺のマゾ牝奴隷妻『桐原・Ἡδονή・めぐみ』として俺に仕える、ということでいいんだな?お前がこの関係に飽きるまでの間ずっと」

 私が契約関係のことで物思いにふけっていると彼がこう告げる。セックスのときによく耳にした昂ぶりを押し殺している感じ懐かしいバリトンボイスで。

「いいえ、少しちがいますわ」
 そう言って私は手にもっていた一枚の書面をわたす。それは私が3年間の生活で感じたことの集大成。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
〔宣誓書〕

桐原・ヘドネー・めぐみは、以下のことが真実であることを宣誓いたします。

1.私にとっては、桐原拓海様が唯一無二のご主人様です。
2.私の本性は3年前にご主人様が看過されたとおりの、淫らで性奉仕好きのマゾヒストです。
3.処女を奪っていただき、性感を開発し何度も絶頂に導いて女の悦びを教えてくださり、厳しく優しく根気よく調教してくださり、マゾ牝奴隷妻「Ἡδονή」として娶ってくださったご主人様に感謝し、これからも自分の全てを捧げたいと思っています。
4.ご主人様にお仕えし、性的奉仕をし、性欲処理の道具として使っていただくことに無上の幸せを感じます。
5.橘優斗と結婚し子どもを生んだのはご主人様のご命令だからであり、自分のアイデンティティはご主人様のマゾ牝奴隷妻「Ἡδονή」だと思っています。
6.ご主人様が私に橘優斗との結婚を命じて姿を消したのは、私に普通の新婚生活・家庭生活および母としての幸せを与えるため、またナターシャとその子どもを母子家庭にしないためのご主人様の優しさだと思っています。
7.今後もご主人様を信じ、ご命令にはどのようなものであっても無条件に従います。
8.ご主人様を束縛したり詮索したりはいたしません。
9.この3年間、ご主人様のことを忘れたことはなく、いつもご主人様のことを想ってておりました。これからもご主人様が近くにおられなくても、私の心はいつもご主人様とともにあります。
10.私は橘優斗を好いています。しかし愛しているのはご主人様唯一人で、これからもご主人様唯一人を一生愛しお仕え続けます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ご主人様はこの書面にじっくりと目を通した後、私をまじまじと見つめると目をつむって動きをとめた。まるで眠っているようにも見える。ご主人様の意表をつくことに成功したことに嬉しさを感じて思わず笑みがこぼれる。

 他の人々が愛という言葉の意味をどう認識しているのか、よくわからない。だが、ご主人様のことを思うだけで心が熱くなり、ご主人様のご命令に従いご主人様に尽くすことお役に立つことで心が嬉しさに打ち震え、ご主人様に欲望のままに使っていただくことで無上の悦びが湧き上がる、これが私にとってのご主人様への愛であり、詳しく説明せずともご主人様にも伝わっていると思う。ご主人様と私の愛のこうした形を他人がどう考えようとどうでもよいし、そもそも敢えて他人に言う必要もないことだ。

 ニヤニヤしながらこんなことを考えている間もご主人様はずっと目を瞑っている。
―もしかして時差と疲労で本当に眠ってしまったのかしら―
 そんなことを思った頃、ようやく目を開き、こうおっしゃった。

「驚いたよ、お前が俺と同じことを考えていたとは」
 そう言うと、サイドテーブルに伏せてあった一枚の紙を悪戯っぽい表情を浮かべて私に手渡す。

「俺たちの主従の絆は俺たち自身が思っていたより、よほど深かったのだな・・・」
 続けて呟かれたそのセリフが終わる頃には、私を見つめる表情は慈愛と優しさに満ち溢れていた。

 紙を表にして目を落とす。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
〔宣誓書〕

桐原拓海は、以下のことが真実であることを宣誓する。

1.当初の俺にとって、めぐみを調教することは彼女の母に対する復讐の代償行為に過ぎず、彼女を性的に堕落させ、また全てを奪い破滅させることを企んでいた。
2.だが調教を進めていくうちに、淫らに開花していく身体と純真無垢な従順さ、献身的な態度に惹かれていき、そうした気持ちは誕生日の告白をもって最終的に消失した。
3.めぐみは最終的には俺の理想を具現化した最高のマゾ牝奴隷妻「Ἡδονή」となり、彼女との性交で他の女が相手では得られない最高の快感を感じるだけでなく、彼女のことを想うだけで優しい気持ちになれる。
4.永遠の愛を信じず、生殖能力に乏しく、穏やかで安定した生活よりも刺激と変化のある生活を幸せと感じる俺がめぐみを一般的な意味での幸せにすることは困難だと考えている。
5.めぐみに橘優斗との結婚を命じて姿を消したのは、普通の新婚生活・家庭生活および母としての幸せを享受してもらいたいがためであり、またナターシャとその子どもを母子家庭にしないための苦渋の選択であった。
6.この3年間めぐみのことを忘れたことはなく、いつも彼女のことを想っていた。またこれからも彼女のことを想い続けるだろう。
7.めぐみがその生活に満足し俺の前に現れなければそれでよし。しかし、彼女が再び現れたときには、彼女の保育士としての人生を変えてしまったこと、彼女の潜在的な性的嗜好を掘り起こし淫らなマゾ女に調教してしまったこと、および彼女の前から突然姿を消し精神的なショックを与えたことの贖罪として、彼女が求める限り非日常的な刺激を与え、また彼女の性欲を満足させるつもりだ。
8.めぐみと橘優斗との間にできた子どもは自分の血は引いていないが、自分が彼女に生ませたも同然の子どもであり、自分の子ども同然に大事にする。
9.愛するとはどういうことなのかわからない。しかしめぐみという女は俺にとって心の相性も身体の相性も最高のベターハーフパートナーであると思っている。
10.今後、めぐみがどんなに性的快楽に溺れ、何人もの男達と性交しようと俺はそんな彼女を穢れたなどとみなさず、自分にとって最高のパートナーとして尊重し大切に世話を焼き続けるだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー

―・・・ご主人様もわたしと同じことを考えておられた・・・―
 長い間、遠く離れた場所で、別々のパートナーと暮らしてきたにもかかわらず、相手のことを想って同じような宣誓書を用意してきたことにご主人様と気持ちが通じ合っているという大きな幸せを感じて泣きそうになってしまう。でも、もう私も大人の女。しかも3年ぶりにお会いするご主人様の前。涙を堪えて格好をつけてみる。

「うふふ、3年を経てもご主人様とわたくしの心が一つであることがわかって嬉しいですわ。でも身体のほうはどうかしら?ご主人様はナターシャさんや他の女性とのセックスに溺れてわたくしの身体のことなんて覚えてらっしゃらないのではなくて?」

 そんな生意気なセリフを吐く私にご主人様は笑ってこう返答なさる。
「ふふ、お前は3年経って名家の妻・橘めぐみとなり一児の母となって、随分生意気になってしまったようだ。厳しく躾け直す必要がありそうだな」

 私も艶やかに笑う。
「はい、いけないわたくしを厳しく躾けなおしてくださいませ、ご主人様」 
 期待をこめてご主人様を熱く見つめる。

「なら今この瞬間から、お前は再び俺のマゾ牝奴隷妻マゾ牝奴隷妻Ἡδονήだ!」
「ありがとうございます、ご主人様!」
 嬉しさに胸が打ち震える。さあ、3年ぶりの待望の調教プレイの開始だ。

error: Content is protected !!