千佳が語る、ある男との過去
私がその男と知り合ったのは中学を卒業したとき。その頃の私はずっと義理の父親に性的虐待を受け続けていて、とうとう耐え切れなくなって中学卒業と同時に家出した頃ね。行くところなんてないから出会い系サイトを使って男の家を転々とした。みんな目的は同じ、私の身体だった。そんなことは承知の上だったし、みんな優しかったけど、2ヶ月ほどしたら突然吐き気に襲われて・・・調べたら妊娠していたわ。父親は義理の父親である可能性が高かった、他の男にはゴムしてもらってたから。
堕ろそうとしたけど、お金もないし一人じゃ無理。セックスするのも怖くなって拒否したら、泊めてくれていた男から部屋を追い出された。時刻はもう夕方、5月とはいえ夜はまだ冷える。今夜の宿をどうしよう、お腹の赤ちゃんをどうしよう、これからの人生をどうしよう・・・途方にくれながら近くの公園に歩いていくと、片隅のベンチに20代くらいの男の人がぼんやりとして座っているのが見えた。
その表情に見覚えがあるような気がしてふらふらと近寄って行ったけれど見知らぬ男性だった。でも私は何故か安心して隣に座っていた。後で気がついたことだけど、その表情は鏡でみる私のそれとそっくりだった、悲しみと絶望に彩られているところが。
その男性は隣に座った不審な女の子のことを何とも思っていないようだった。というより意識ここにあらずと言う感じで気がついていないようだった。自分と同じ雰囲気を漂わせているそんな男に私は思わず声をかけていたわ。
「となり、すわっても、いいですか・・・?」
男はそれで初めて私に気がついて私を見たが、無言でうなづいただけで私が座っても黙ったまま視線を遠くにさまよわせていた。そんな男に安心したのか、私は自分の境遇を話しだしてしまっていた。男は一度もあいづちも打たず、こちらを見ようともしなかったから、話を聞いていないのかと思ってた。でも私が話し終えるとこう言ったわ。
「今度は俺の番だな」
そう言って男は自分の身の上話を始めた。私も男が話し終えるまで黙ってただ聞いていた。話し終えた男はこう言った。
「家に来るか?」
男の話に共感した私は黙ってうなづいた。それが彼と私の馴れ初め。
彼は私を自分の家に住まわせると堕胎をサポートしてくれた。お金、サイン、立会い、事後のケア等々。そればかりか私の義理の父親との関係を整理してくれ、未成年の私が家に住んでも大丈夫なように手配してくれた。法的にかなり困難なことだったと思うけれど、学生時代の同級生に法律関係に詳しい人がいて、相談しながら法律の抜け穴をついて上手に処理してくれた。
私はお礼を身体で払おうとしたが彼は私を抱こうとしなかった。穢れた私を抱く気にならないのかと落ち込んだけど理由は違っていた。その時彼は精神的ショックで不能になっていたの。
だから私は彼のために家事を引き受けることにした。彼は大手の広告代理店に勤めていたから毎日忙しく、帰宅は遅かった。料理、掃除、洗濯、家の管理諸々。私は学校へは行っておらず時間はたっぷりあったし、恩返しのために全力を注いだから家事のスキルはみるみるうちに上がっていった。
家事を完璧にこなすようになった私は、次に彼の男性機能を回復させることに全力を注いだ。まだ20代なのに可哀想だったし、正直なところ彼に抱いてほしいと思ったから。当時の私はそれを恋愛感情だと思っていたけれど、振り返ってみると傷を負った同士が相互に依存していただけの関係だったかもしれない。
私は彼をあの手この手で誘惑した。その結果判明したのは、彼は普通のセックスではダメ、女を辱め暴力的に屈服させるようなアブノーマルな内容でないと勃起しないということだった。奥さんに裏切られたショックから女への復讐心が性欲に影響するようになっているようだったわ。
私は義父から暴力的なセックスを受けていて、それで感じたことはなかったし、身体を家賃代わりに差し出していたときもセックスで感じることはなかった。しかし、彼の暴力的なセックスには何故か激しく感じた。私たちはSMセックスの爛れた快楽にのめりこんでいった。私の体は幼い頃からの無理なセックスと堕胎の不手際で妊娠できない身体になっていたから妊娠の心配はなかったことが拍車をかけた。セックスにのめりこむ一方、このままではいけないと二人とも感じ始めてもいた。
その年の暮れ、彼のご両親が亡くなった。そこそこの遺産と一棟の雑居ビルを手にした彼は会社を辞めて独立することを決意し、私も翌年から高校に通うことにした。彼は死んだ妻との思い出の残る一軒家を売り雑居ビルの上階に引越し、私はその下の階の部屋に住まわせてもらって高校に通いながら彼の仕事の手伝いをした。次第に彼と私は肉体関係を持たなくなり、私が高校を卒業して大学生になって寮に入り、新たなバイトを始め、彼にロシア人の恋人ができると皆無になった。
私は今でも彼に感謝しているし、彼から頼まれれば何だってやってあげる。けれども、彼の奥さんが彼を裏切ったのは彼にも責任があると思うし、また悪いのは奥さんだけではないと思っている。奥さんを手引きした女性がいるのだ。
彼の奥さんは大和撫子という言葉がぴったりの、奥ゆかしい性格のとてつもない日本風美女だった。大手広告代理店の社員だった頃の彼は精力的な仕事人間で、競争率の高かった社内の美人派遣OLの奥さんを口説いて結婚した後も、彼女のことを放っておいて仕事ばかりしていたらしいわ。それでも休日などは彼女とよくデートしている姿が見られたらしいけれど、3年も経つと倦怠期が訪れたのか、子どもがいないのが理由だったのか、ばらばらに行動することが多くなったそうよ。
彼も仕事の傍ら他の女を口説きだした。D通の社内はそれがまかりとおる社風というか、出世する男はそれくらい精力的で当然という雰囲気だったらしいわ。だから離婚も多く、結婚した奥さんもセックスの回数が減りこのまま子どもも授からないままでは捨てられるのではないかと不安が募っていたようね。
そんなとき、彼の幼馴染だというバツイチ女性が彼の前に現れたの。家が近所で幼い頃からお姉ちゃんと呼んで親しんでいた年の離れた彼女は彼が中学生の頃にはもう20歳を過ぎていて、結婚して遠くに引っ越すことが決まっていた。彼は初恋の相手だった彼女に告白し童貞を卒業したらしい。
そんな過去を引きずって燻っていた気持ちが再燃し、彼は卓越した性技を持つ彼女にのめり込んでいった。しかも、彼女は彼との関係を奥さんに自ら話し、彼をセックスで虜にしてあなたから奪って見せる、それがイヤならあなたも女の技術を磨いて彼を奪い返してみなさいと挑発した。奥さんは彼を愛していたのでしょうね、彼と別れようとはせず彼女の挑発にのってしまった。
彼の奥さんは小中高大とずっと女子校できていて出会いもなく彼と結婚するまでは処女だったから、恋愛にも男女の駆け引きにも性知識にも実技にも疎かった。
奥さんは彼女から「性技をとある南の島での儀式で身につけた」と知らされると自分もその儀式をクリアすれば彼の気持ちを自分に引き戻せると考え、彼に黙ってその方法を模索しはじめた。でもそれは彼女の思う壺だった。
結婚後に彼女がどういう人生を歩んできたのかはわからないけど、当時の彼女はその島にセックス奴隷候補の日本人女性を供給するエージェントのような仕事をしていたらしいわ。それも、その島で「πόρνη(ポルナイ、街娼)」と呼ばれる身分の。どうにかしてその儀式を受けられないものかと悩んでいた奥さんは、彼女に紹介されたある男の調教を受けた上でその儀式に参加することになった。その男は彼女の愛人だったけど、他につてが見つからずにどうしようもなかった。彼女がつけた条件は本番なしで、できるだけ短期間で儀式を受けられるようにすること。しかしそんな条件での調教で儀式をクリアすることなどできるはずがなかった。
儀式を途中でぶち壊しにしてしまった彼女は島に対して借金を負うことになり、帰国してから「πόρνη(ポルナイ、街娼)」よりさらに下の身分の娼婦「παιδίσκη(パイディスケー、下女)」として身体を売らされる羽目になった。断れば調教を受けて儀式に参加し、あげくのはてにクリアできなかったことを彼に証拠の画像付きで暴露すると脅されては断れるはずがなかった。
女としてのプライドを砕かれ、彼への罪への意識にさいなまれた奥さんは売春セックスに次第に嵌っていき、誰が父親かもわからぬ子どもを妊娠し出産した。彼は自分の生殖能力が低いことを知っていたし、その頃には奥さんの変調に気がついていたから、念のために子どものDNA鑑定をしたところ結果はクロ。追い詰められた奥さんは子どもと一緒に自殺し、女は姿をくらました。
彼がこうした事情を知ったのは、立ち上げた新しい事業が安定して調べる時間ができてからだった。妻を唆した女と調教した男に復讐するために消息を追ったけれど、男は痴情のもつれが原因で女に刺殺され、女も刑期を勤めている最中に病死したことが判明したわ。
そしてわかったことがもう一つ。女は最初の結婚で子どもを一人授かっていた。しかし阪神・淡路大震災で夫を失い、借金を背負い、その子どもを養育できず泣く泣く手放していた。子どもの行方がわかったのはつい最近、偶然の出会いからだったそうよ。
彼はその子どもを女の代わりに復讐の対象とするから協力してくれと私に頼んできた。彼の頼みを私は断らなかった。過去に受けた恩に報いるために断れなかったということもあるけれど、彼の本質を知っている私には、彼が本当にその子を不幸にするとは思えなかったから。
今回の彼の行動は、彼なりにその子の幸せを考えた結果だと思うわ。あの人は、自分の結婚生活と私との同棲生活の経験から、永遠の愛やプラトニックな愛など信じてはいない。幸せとは平穏と安定ではなく、変化と刺激というのが彼の考え方。それに生殖能力に乏しく、母親になるという女としての幸せをその子に与えることもできない。その一方で、女にとって愛する男との子どもの大切さを知っている彼は、自分の子どもができたと言い張る、過去に恋人であり自分を助けてくれた外国人女の主張を否定することもできない。
彼が選んだ道は、彼女に恩を返しつつ、その子の結婚生活を遠くから見守って、幸せな新婚生活が、変化のない退屈な日常に落ち着いたときに現れて、その子に変化と刺激を与えることじゃないかと思うわ。
そんな卑怯でずるい男を受け入れるかどうか、それはその子自身が決めることね。