朝陽に晒される残酷な真実

 翌朝。
 カーテンの隙間から差し込む鋭い朝陽が、私の瞼を刺した。
 重いまぶたを開けると、隣にはまだマスターが眠っていた。
 彼が私の部屋に泊まるのは初めてだ。
 シーツに包まれたその逞しい背中を見ているだけで、昨晩の激しい情事の記憶が蘇り、下腹部が甘く疼いた。

 ピンポーン、ピンポーン。

 不意に、無機質なインターホンの音が静寂を破った。
 こんな時間に誰だろう? 宅配便?
 私がベッドから起き上がろうとすると、隣でマスターが片目を開けた。
「出ろ。しつこいぞ」
「はい、すみません」

 私は慌ててバスタオルを一枚身体に巻き付け、玄関へと向かった。
 開けたドアの前に立っていたのは、息を切らせたカズヤだった。

 
 「環! よかった、やっと会えた……!」
  カズヤは私の顔を見るなり、安堵の表情を浮かべた。
 「LINEも既読にならないし、電話も出ないから……何か事件にでも巻き込まれたんじゃないかって、心配で」
 彼の視線が、私のバスタオル姿に注がれる。
「あ、ごめん。シャワー中だった? 朝早くに悪かったね」

 彼は優しい。
 誠実だ。
 理想的な彼氏だ。
 けれど、私の心は驚くほど冷めていた。

(……ああ、面倒くさい)
 私の頭の中にあるのは、ベッドで待つマスターのことだけ。
 この男の心配顔なんて、どうでもよかった。

「カズヤ、帰って。私、忙しいの」
「え? でも、少し話だけでも……」

 その時だった。 私の背後から、低い声が響いた。
「誰だ、環」

 カズヤの表情が凍りついた。
 私の肩越しに、上半身裸のマスターが気怠げに顔を出したのだ。
 その首筋には私がつけたキスマークがあり、部屋の奥からは男女の営みの匂いが漂ってくる。
 状況を理解するには十分すぎた。

「え……嘘だろ? 環、この男……誰だよ?」
  カズヤの声が震えている。
 私はため息をつき、冷ややかな目で見返した。
 もう、隠す必要もない。

「見ての通りよ。……私の、飼い主様」
「は? 飼い主って……じゃあ俺は? 俺たちは付き合ってるんじゃ……」
「付き合ってたわね。でも、もう終わり」

 私は淡々と告げた。
 私は気づいてしまったのだ。
 私はカズヤを愛してなどいなかった。
「優等生で美人の女子大生には、爽やかな彼氏が必要だ」という計算で、彼を隣に置いていただけ。
 彼は私のブランドを維持するためのアクセサリーに過ぎなかったのだ。

「貴方は優しすぎて、退屈なの。もう用済みよ」
「っ……! 君がそんな酷い女だって、知りたくなかった!」
 
 カズヤは絶望と軽蔑の眼差しを私に向け、捨て台詞を吐いて走り去っていった。
 バタン。
 私は無表情でドアを閉め、鍵をかけた。
 金属音が響いた瞬間、私の表情から優等生の仮面が剥がれ落ち、とろけるような牝の顔が現れた。

 振り返ると、マスターがニヤリと笑って壁に寄りかかっていた。
「いいのか? 誠実そうな彼氏だったが」
「いりません。私には、マスターさえいれば」

 私はバスタオルを床に落とし、裸のまま彼に歩み寄った。
  彼のボクサーパンツの中央は、朝特有の生理現象で大きくテントを張っている。
 さっきのカズヤとの会話なんて、もう記憶の彼方だ。
 今の私にとって重要なのは、目の前にあるこの硬い隆起だけ。

「元気ですね、マスター」
「誰かのせいで目が覚めてしまったからな……鎮めてくれるか?」
「はい、喜んで」

 私はその場に跪き、慣れた手つきで彼の下着を下ろした。
 朝陽に照らされたそれは、昨晩よりも血色が良く、血管を脈打たせて猛っている。

(ああ、美味しそう……)
 私は迷わず、その先端に唇を寄せた。
「ん……ちゅ、じゅる……」

 元彼となったカズヤがまだマンションのエレベーターを降りている頃。
  その真上の部屋で、私は元カレのことなど微塵も思い出さず、新しい所有者のモノを夢中で貪っていた。
 朝日が私の裸の背中を照らす。
 かつて優等生だった私は、今ここで完全に死んだ。
 そして、ただ快楽のためだけに口を開く、幸福な「オーラル・ドール」が生まれたのだ。

 朝陽の中で行われた奉仕が終わった後。
 私は精液と唾液で汚れた口元を拭いもせず、恍惚とした表情で彼を見上げた。

「……満足か、環」
「はい。カズヤとの会話の百倍、満たされました」
 マスターはベッドに腰掛け、私の頭を撫でながら、私の唇を指でなぞった。

「アクセサリーを捨てて、寂しくはないか? 将来有望な男だったんだろう」
「いりません。あんな軽いアクセサリー、私にはもう似合いませんから」

 私は彼の膝に頬を寄せ、熱っぽくねだった。
「でも……代わりが欲しいです」
「代わり?」
「はい。私がもう二度と、あっち側の世界に色目を使わないように。私をこの世界に繋ぎ止める、消えない『首輪』が欲しいです」

 私の願いに、マスターは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「いいだろう。首輪よりも深く、お前のアイデンティティを象徴するものをやる」
彼は私の舌をつまみ出した。
「喋るための舌 ……これからは、俺をもっと喜ばせることのできる舌になれ」

「ふぁい……! おえあいひあふ、あうあー」

 その時、私の未来は決定した。
 首輪なんていらない。
 私は、もっとオリジナルな、唯一無二の「主従の証」を手に入れるのだ。

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