半年後。四月下旬の柔らかな春の日差しが降り注ぐ中、私たちは母校の教会でこじんまりした式を挙げた。
出席者はごく少数。学生時代の友人や会社の親しい仲間達。私を鬼灯さんに引き合わせてくれた画廊のオーナーにも、無理を言って参加してもらった。涙ぐみながら息子のタキシード姿を見守る母・紫(ゆかり)さんの姿もあった。
ステンドグラスから差し込む光が、私のウェディングドレスを虹色に染めている。選んだのは、クラシカルな総レースのロングスリーブドレス。身長163cmの私が纏うと、裾の長いトレーンが優雅な曲線を描く。背中の真ん中まである黒髪はアップにまとめ、うなじの白さを際立たせた。胸元はハートカットのデザインだが、その上を繊細なアンティークレースが鎖骨まで覆い、Eカップの豊満な谷間を上品に隠している。キュッと絞られたウエストラインは58cm。そこからふわりと広がるAラインのスカートが、ヒップの柔らかな丸みを包み込んでいる。
「きれいだ……」
ベールを上げた紫苑が、陶酔した顔で私のその姿を見つめる。
「ありがとう、あなたも素敵よ」
淑女の顔をして微笑む私。左目の下の泣きぼくろが、幸せの涙で濡れているように見えているだろうか。でも、紫苑だけが知っている。この純白のドレスの下で、私が何に包まれているかを。
ドレスの下には、下着代わりの彼の蒼い縄が、亀甲模様を描くように打たれている。彼の縄がコルセットよりも遥かに強く、私の素肌に食い込んでいる。形よく搾り上げられた乳房が存在感を主張している。動くたびに乳首が擦られて、縄で割られた秘部が刺激される。苦しいほどの拘束感。その痛みは、愛する夫に所有されるという至上の悦びだ。
式の間ずっと、私の身体は微かに震え、愛の蜜を吐き出し続けていた。 永遠の愛を誓うときも。その証としてキスをするときも。神聖な場所を汚している意識は露ほどもなかった。蒼い縄での緊縛は、紫苑と私の愛の象徴なのだから。
*
その夜。婚姻届を提出して晴れて正式な夫婦となった私達は、父・鬼灯さんが伝説を作ったという、会員制地下クラブの中にいた。重厚な扉の内側には、紫煙と香水の混じった退廃的な香りが漂っている。
今宵の演目は、「新婚夫婦の吊り供養」。 亡き師匠への追悼と、二代目襲名の披露を兼ねた緊縛ステージだ。
クラブ内が薄暗くなり、ステージに上がると明るいスポットライトで照らされた。中央で堂々と立つ私の姿を見て、大勢の観客たちが一斉に息を呑んだ。
身に纏っているのは、純白のウェディングベールと、肘まであるロンググローブ、高い白のピンヒール。 もちろんそれだけではない。股間に蒼い麻縄がきりきりと食い込んでいる。
顔半分を技巧が凝らされた蒼いベネチアン・マスクが覆っている。けれども漆黒のロングヘアと左目の下のほくろに、日本人離れしたプロポーションは隠しようがない。一度でも私に会ったことのある人なら、私が誰なのか、容易に見当がついてしまうにちがいない。でも、構わない。むしろ見てほしいとさえ思う。愛する夫の緊縛で達したときの涅槃の表情を。
「行くよ、紗英」
「はい、あなた」
かつての頼りない年下の部下の姿は、もうどこにもない。そこにいるのは、蒼い縄と精力的な肉体で私の心身を支配する、堂々とした雄の「ご主人様」だった。
メインロープが引かれる。私の体がふわりと宙に浮く。披露するのは例の『開脚吊り』。天井から吊るされた私の両脚は、観衆の前で無防備に大きく開かれた。白磁のような肌に、緑の息吹を想起させる蒼い縄が幾重にもまとわりつき、女としての全てが露わにされていく。
普通の女性なら死ぬほどの羞恥を感じるはずのこの体勢。しかし、今の私にあるのは、「愛する夫に自分の羞恥を含めた全てを委ねている」圧倒的な至福だけだった。夫が見せたいなら、私が 隠すべき場所などひとつもない。何組もの熱い視線が私に注がれる。見たいならいくらでも見るがいい。そして、手に入らないことに絶望するがいい。蒼い縄に包まれた私の身体は夫・紫苑だけのもの。
私の体が空中で回転し、張り詰めた縄が軋む。吊られている私を固定した夫が緋色のルージュが塗られた唇を奪った。 とろけるようなディープキスと同時に、計算し尽くされた縄の圧力が、私の全身の急所を一斉に締め上げる。
「……ぁ、ああぁっ!!!」
性器への挿入も愛撫も接触さえもない。ただ縄の圧力と夫とのキスだけで、私の脳髄が焼き切れた。 視界が真っ白に弾ける。 全身が大きく痙攣し、意識が彼方へと飛んでいく。
遠のく意識の中で、私は幻を見た。 客席の片隅で、紫煙を燻らせながら、ニヤリと笑ってグラスを掲げる鬼灯さんの姿を。その隣にはもちろん、笑顔を浮かべた母・紗夜の姿もあった。