第2話:20歳の集いからのOh! No!生姜焼き

  人混みでごった返す横浜アリーナ周辺は、華やかな振袖姿の20歳の男女で溢れかえっている。俺は色とりどりの着物の波をかき分け、お目当てのピンク色の振袖を見つけた。

 遠目に見るくるみは、周囲の誰よりも鮮やかで、咲き誇る桃の花のように可憐だ。人混みの中でも一際目を引くその愛らしい姿に、俺の頬が自然と緩む。絹の光沢が、くるみの若々しい肌を一層輝かせているようだ。

 だが、近づいてみれば現実は少々異なる。慣れない草履と、振袖の重量に体力を奪われ、くるみは完全にグロッキー状態だった。感動の対面とは程遠い、疲労困憊の回収劇の始まりだ。
 俺は有無を言わさずくるみを横抱きに抱え上げる。周囲の視線が集まるが、そんなものを気にしている余裕はくるみにはないらしい。

 少し離れた駐車場に停めてある高級車の助手席に、くるみを「よっこいしょ」と下ろす。くるみはシートに深々と体を埋め込み、大きなため息をついた。

「ぬしぃ~、もうダメ、足の指ちぎれる。着物重い、肩凝った。これ何かの修行?」

 恨めしげに俺を見上げる瞳は潤んでいて、それがまた俺の嗜虐心をくすぐる。整えられたメイク、うなじの後れ毛、着物に包まれた華奢な体つき。
 普段のラフな格好とは違う重厚な伝統衣装に身を包んだくるみは、まるで精巧に作られた日本人形のようだ。高級な布地に縛られ身動きが取れなくなっているその様は、どこか背徳的な色気を漂わせている。

 内心で「可愛い」と叫びそうになるのを堪え、俺は口の端を歪めて憎まれ口を叩いた。
「七五三の延長戦かと思ったぞ。高級なハムみたいに縛られおって」
「ハム言うなし! 誰がボンレスハムだ!」

 くるみはむきになって言い返すが、その声には張りがない。車を出し、混雑する通りを抜けていく。

「自宅に送って」

 くるみの自宅は『トーキョーKawaiiランド』の近く、多摩市内のアパートだ。出身は横浜市保土ヶ谷区なので、こちらの式典に参加したらしい。

「なぜだ?」
「夜の同窓会に出席するためだよ~。久しぶりに彼氏くんに会えるかも~」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の心に黒い感情が広がる。あのセフレ扱いしてくるクズ男に、こんな無防備で美しい姿を見せるわけにはいかない。

 俺は何も言わずに、ハンドルを反対方向、俺のマンションがあるみなとみらい方面へと切った。助手席を見ると、くるみは安心したのか、すでに夢の中だ。規則正しい寝息を立てているかと思えば、突然「ふがっ」と奇妙な音を立てて自分の寝言で目を覚ました。

 窓の外に見える景色は、見慣れたみなとみらいの夜景。

「ここ、ぬしの家の近くじゃん! 彼氏くんに会えなくなっちゃうじゃん!」
 頬を膨らませて怒るくるみに、俺は平然と言い放つ。

「同窓会には参加しないと連絡があったぞ」
「え? うそ?」
「スマホを見てみろ」

 くるみは慌ててバッグからスマホを取り出し、LINEの画面を開く。そこには確かに、彼氏(とくるみが思い込んでいる相手)からの「今日は来るな」という素っ気ないメッセージが表示されていた。

 これは以前、くるみが寝ている隙に俺が作成した架空のアカウントから送ったものだ。本当のメッセージではないが、くるみがそれを知る由もない。あんな男のところに行かせられないというのが本心だが、それを正論でぶつけてもくるみが悲しむだけだ。
 こういうソフトランディングが、今のくるみには一番いい。

「あ~、そうなんだ……」

 くるみは少し寂しそうな、どこかホッとしたような顔でスマホを閉じた。

「それなら今日は疲れたから、ぬしのとこでのんびりする~」

 その言葉に、俺は心の中でガッツポーズを決める。アクセルを踏み込む足に力がこもった。

「あ~、もう限界! 早く脱がせて! 苦しい!」

 マンションのリビングに入るなり、くるみは玄関で脱ぎ捨てた草履のことも忘れ、カーペットの上でじたばたと暴れた。締め付けられた体が悲鳴を上げているらしい。

 俺はニヤリと笑い、くるみの背後に回ると帯の端をつかんだ。

「よいではないか、よいではないか」
「あはは、なにそれ悪代官?」

 くるみはノリノリで体を回転させ、帯をほどこうとする。だが、慣れない着物の重量と一日中歩き回った疲労が祟った。二回転もしないうちに足元がふらつく。

「あ、あれ……目が、回る……」

 物理的に思考回路がショートしたくるみは、遠心力に振り回されるように俺の胸元へ激突し、そのまま二人でもつれ合うようにソファへ倒れ込んだ。鮮やかなピンクの振袖が乱れ、白い長襦袢が露わになる。

「……ぬし、なんでそんなに着物脱がすの上手なの」
「愛があるからだ」
「嘘つき。早くしたいだけでしょ、変態ぬし~。うげっ……目が回った……気持ちわるぅ……」

 白目を剥きかけているくるみを見下ろし、俺は鼻を鳴らす。

「まったくお前は、本当に『くるくるぱー』だな」

 抵抗する気力もなくした愛玩動物は、着崩れた極彩色の布地の中でぐったりと横たわっている。その無防備な姿が嗜虐心を煽った。俺はくるみの太腿に手を這わせる。

「ちょ、ちょっと! これレンタルなの! 汚しちゃダメ!」

 目の焦点を合わせようと必死になりながら、くるみが声を上げた。

「延滞料金とかクリーニング代とか無理だから! 絶対汚さないでよ!」
「うるさいな。汚したら買い取ってやるから安心しろ」
「買い取るって……これいくらすると……んっ!」

 太っ腹な提案で口を塞ぎ、俺は容赦なく愛撫を開始した。くるみの首筋、帯で締め付けられていた脇腹、そして太腿の付け根。一日中着物に閉じ込められていた肌は、じっとりと汗ばんでいる。
 俺はその湿り気がたまらなく好きだ。整髪料と化粧の匂いにくるみ自身の甘い体臭が混ざり合った濃厚な香りを、全身くまなく舐めとって存分に味わう。

「や、ぬし……へんたい……そこ、汚れる……」
「汚してやるんだよ。俺の匂いでな」

 巧みに秘所を刺激すれば、くるみの懸念はすぐに甘い喘ぎ声へと変わった。
 俺の指使いは、そこらのガキとは年季が違う。クズ男との淡白な行為とは比較にならない快楽が、疲れたくるみの脳髄を直接揺さぶる。

「股を開け」
「……うん……ああっ、ぬしのぬしがわたしの膣内(なか)にっ!」
「なにを言っているのかわからんな……ここがいいんだったな?」
「あっ、うんっ! そこっ!……ぬしとすると、すっごく感じるぅ……どうしてぇ……」
「愛だな」

 腰を使い、くるみの最奥を穿ちながら俺は低く囁く。

「可愛いペットへの、愛だ」
「んあぁっ! ぬしぃ、すごい、奥っ、くるぅ!」

 くるみの絶頂に合わせて、まずはねっとりと絡みつく粘膜の奥へ、熱いものを叩き込む。ビクビクと痙攣するくるみの膣内へ注ぎ込んだ後も、俺は休まない。

「まだだ。口を開けろ」

 恍惚とした表情のまま、くるみは素直に口を開く。溢れ出る精液をものともせず、俺はくるみの柔らかく温かい口内を堪能する。俺にたっぷりと躾けられてきたくるみの奉仕は随分上達した。意識がぼぉっとしながらも、俺のモノにねっとりと舌を絡ませては頬を凹ませて強く吸引する。

「このまま出すぞ。溢すなよ」
 
 涙目で頷くくるみに加虐欲を掻き立てられ、口を女性器のように使う。喉奥へ遠慮なく注ぎ込むと、くるみは恍惚の表情を浮かべて全てを飲み込んでいった。

 高価な振袖には、俺たちが交わった証が点々とシミを作っていたが、そんなことはもう、どうでもよかった。

 情事の余韻に浸る賢者タイムもそこそこに、くるみは驚くべき回復力で「主婦モード」へと切り替わった。さっきまで目を回して「くるくるぱー」になり、俺の下で無様に喘いでいた女とは別人のようだ。

「お腹すいたー。ぬし、ご飯にするよ」

 くるみはキッチンへ向かい、一人暮らしには巨大すぎる冷蔵庫を開けた。中身は肉、魚、野菜、果物、高級品から特売品まで、多種多様な食材で満杯だ。
 
 近くの人気スーパー「オーノーストア」――客が「Oh, No(ありえない)」と驚くほどの安さが名前の由来だという――に行くと、くるみがなんだかんだと理由をつけて買い込んでしまうのだ。冬を迎える前のビーバーか。
「こんなに買い込んでどうするんだ」と憎まれ口を叩きながらも、実はくるみがこれを使って手料理を作りにくれるのを待ち望んでいる自分がいる。完全に餌付けされているが、俺は決して認めない。

 くるみは、デカすぎる俺のTシャツを一枚だけ被り、その上から愛らしい「マシュバラ」のキャラクターが描かれたエプロンを締めた。下は何も穿いていない。その無防備でアンバランスな姿で、くるみは広々としたシステムキッチンに立った。

「今日は疲れたから豚肉! ビタミンB1摂らないとね。ぬしの好きな生姜焼きだよ~」
「おおっ! じゅるり……おっと!」

 俺は思わず涎を垂らしそうになった。くるみはなぜか、家庭料理が信じられないほど上手い。普段の言動からはまったく想像できないのだが。

 トントントン、と軽快な包丁の音が響く。この落差だ。このギャップが、俺を沼らせる。

 ジュワァァァ……。
 フライパンから、豚肉が焼ける小気味よい音が上がった。生姜と醤油が焦げる香ばしい匂いも漂ってくる。強力な食欲への刺激に、俺の空腹中枢が悲鳴を上げた。

「あとね、これ。ぬか漬けもいい感じに浸かったよ」

 くるみが冷蔵庫の奥からタッパーを取り出す。きゅうりとナスが鮮やかに色づいている。いつの間に仕込んでいたのか。この家庭的な手腕と、Tシャツ一枚の尻という淫らな視覚情報のミスマッチが、俺の理性を再び揺さぶり始めた。

 俺は背後から忍び寄り、エプロンの紐に手をかける。

「ん、ぬし? もうすぐ出来るから座っててよ」
「待ちきれないな」
「あはは、お腹ペコペコだね。でも盛り付けるまで待っ……ひゃんっ!?」

 俺の手がTシャツの裾から入り込み、温かいお尻を直に鷲掴みにした。

「ちょ、ぬし! 生姜焼き焦げちゃう!」
「火は止めた。今は『くるみ肉』を食う気分だ」
「さっきたくさん食べたばっかじゃん! んあっ……だめだってばぁ……!」

 抵抗も虚しく、くるみはキッチンカウンターに手をつかされ、バックから腰を打ち付けられる。
 香ばしい醤油の匂いが充満するキッチンで、俺はメインディッシュの前に、もう一度、濃厚な前菜をいただいた。

*

「……いい匂いだ」
「ん、もうできるよー」

 キッチンに立つくるみは、さっきまで俺の下で「ぱーになっちゃう」と泣き叫んでいたのが嘘のように、その背中は歴戦の主婦のように頼もしい。

 先ほど俺が性欲のままに襲ったせいで調理は中断したが、くるみは事後すぐに身なりを整え、手際よく仕上げに入っていたのだ。

「はい、おまちどうさまっ! 『特製スタミナ生姜焼き』と『お豆腐とワカメのお味噌汁』だよっ!」

 湯気を立てる皿と椀がテーブルに置かれる。
 とても旨そうだ。高級料亭の懐石より、今の俺の身体はこれを求めていた。

「いただきます」
「あ、待ってぬし。食べる前に約束して」

 箸を伸ばした俺の手を、くるみがピシャリと制した。

「この着物、レンタル期間明日までなの。でも今夜はもう帰るの無理だし、さっきぬしがローションこぼしたシミ抜きもしなきゃだし……」

 くるみはジトッとした目で俺を見下ろした。

「延長料金とクリーニング代、出してくれるよね? これ食べたかったら、そこんとこ夜露死苦(ヨロシク)!」

 俺はくるみの脅迫めいた言葉を聞き流し、分厚い豚肉を白米と共に口へと放り込んだ。

 美味い。
 甘辛いタレが絡んだ肉の脂が舌の上で溶け、生姜の刺激が鼻に抜ける。脳髄に直接響く美味さだ。

「……(ハフハフ、モグモグ)」
「ちょ、聞いてる!? 無視して食べないでよ!」
「……(ズズッ)」
「あーもう! 美味しいなら美味しいって言いなさいよ!」

 俺は無言で完食し、空になった茶碗を突き出した。

「おかわり」
「……はぁ。まったくもう……手のかかるぬしなんだから」

 呆れながらも、くるみは嬉しそうにしゃもじを手に取った。
 胃袋を掴まれるというのは、こういうことらしい。俺は絶対に認めない。

「『羽根つき』の『多い昼用』ってやつでいいのか?」

 翌朝、俺は目覚めたら生理がきていたくるみのために、近くのコンビニにナプキンを買いに来ていた。種類がいくつかあるので、部屋で休ませているくるみと電話で確認している。

『うん、それでもいいんだけど、今日は一日ぬしのとこで休んでるから夜用がいいかな』
「了解した……連休だろ? くるみは二日目が一番大変なんだから今夜も泊まっていけ」
『そか明日は祝日じゃん! 忘れてた!……って『着ぐるみの中の人』に祝日関係ないし……シフト入ってないからそうする~』

 昨日、くるみがやけに腰にきていたり、疲れて眠かったのも、どうやら生理前だったかららしい。薬局で鎮痛薬を購入し、臨港パークでくるみの好きな生ドーナツを購入して帰宅。

 諸々落ち着いた午後。くるみがごそごそと俺の部屋においてある外出着に着替えようとし始めた。

「くるみ、なにしてんだ?」
「オーノーストア行こうよ、ぬし!……冷蔵庫に隙間ができちゃったから、早く埋めないと!」
「……お前は冬を迎えるビーバーか! いいからのんびりしてろ!」
「えー、でもぉ……」
「……」

 俺はむずがるくるみを宥めるために、一人で大混雑のオーノーストアに行き、くるみと電話しながら日持ちする食料品を買う羽目になった……生理でイライラするくるみの感情を落ち着かせるためだからやむを得ない。

「……む?」

 俺はくるみが大好物な苺ブランド『あまおう』を発見し、ニマニマしながらパクパク口にするくるみを想像し、ニマニマしたくなる頬を引き締めながら買い物かごに放り込んだ。

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