プロローグ

 8月最初の日曜日。夏季休暇に入り、人の減った海宝学園の礼拝堂は神聖な静寂に包まれていた。深夜だが猛暑の名残の熱が堂内に残っている。

 ステンドグラスを透過した月光が、白い大理石の床に青と金の模様を落とす。表向きは「精神修養の場」「最優秀者表彰のシンボル」と広報パンフレットに記されるこの場所が、今夜は一人の男子生徒に、若く美しい女教師が純潔を捧げる儀式の「祭壇」へと姿を変えていた。

 当事者である鈴白花梨(すずしろ・かりん)は、少年が望む姿で祭壇の上に佇んでいた。
 純白のレオタードが褐色の肌にぴったりと張り付いている。170cmの長身を包むボディラインは、爆乳、引き締まったウエスト、豊かなヒップが完璧な曲線を描き、網タイツ越しに艶やかな光沢を放っていた。
 頭には長いウサ耳が付き、ダークネイビーの髪をサイドポニーにまとめ、赤と青のメッシュが月光に浮かび上がる。
 彼女が大学時代に一人でプレイしていた『ブルーアーカイブ』の角楯カリンそのものだった。
 カラーコンタクトでキャラに寄せた鋭い黄金色の瞳は、普段の「隙のない女教師」の仮面をわずかに外し、緊張と期待でかすかに潤んでいた。

(本当に……この子に、私の処女をあげていいの?)

 脳裏をよぎるのは、迷い。これまで、学園のシステムに屈し、校長に奉仕の術を叩き込まれ、後ろの穴も開発し尽くされた。大勢の生徒たちの「報酬」として性的に消費され、心はとうに削り取られていた。処女だけは、いつか自分を「一人の女」として愛してくれる誰かのためにと死守してきた。

 そんな彼女の前に立つのは、出久根伝次郎。188cm、90kgの巨躯を制服に包んだ、学年1位の少年。中学時代に柔道で県大会レベルまで上り詰めた肉体は、厚い胸板と丸太のような首、鍛え上げられた広背筋を誇り、服の上からでも圧倒的な質量を放っていた。
 顔立ちはニキビ跡の残る無骨な三枚目で、無精な髪と野性味のある目つきは、提携校の女子校の生徒達から「図体ばかりデカいオタク鬼」と蔑まれるのに十分だった。

 しかし今、彼の瞳には狂信的な輝きがあった。全科目満点での学年首位という不可能な条件を突破し、正当な権利を手にした覇者の自信が、その瞳に宿っている。

「……カリン様」

 伝次郎の声が低く響く。彼は知っていた。これまで花梨の口を、後ろの穴を、その柔らかな肢体を何度も「共有物」として味わってきた。しかし、そのたびに二人の肉体は、他とは比較にならないほど深く、激しく、互いの鼓動を共鳴させてきた。

「俺は死ぬほど努力した。カリンを独占するために、他の奴らを全員叩き潰してトップに立った。だから……その『最後の一線』を奪う権利は、世界で俺だけにしかないはずだ」

 その力強い宣言に、花梨の心臓が跳ねた。
そうだ。口や後ろで繋がっているときでも自分を「唯一無二の女神」として崇めてくれたのは、この少年の狂気的な愛だった。

「……っ、先生。伝次郎、先生……」

 花梨はプレイヤーを「先生」と呼ぶブルアカのキャラになりきって伝次郎をそう呼んだ。自分の声が上擦るのを感じた。普段は低く抑えた理性的な声が、伝次郎の熱狂に触れ、制御できない女の子らしい高い可愛い声に変わりつつある。

「そう、ね……嫌……じゃないわ。私……好きです、先生。他の誰でもないあなたに、一番大切な処女をもらってほしいの」

 自覚してしまった。自分はもう、この少年に心まで奪われているのだと。

 一年前は無能と嘲笑われ、高身長も肌の色も低い声も生真面目さも欠点と呪っていた自分が、今、「リアル角楯カリン」として自分を熱狂的に欲する男の子に、全肯定されている。

 広告代理店で「シュレッダー係」と陰口を叩かれ、わずか四ヶ月で挫折した過去。
「可愛げがない」「威圧的」「欠陥品」と自分自身を責め続け、170cmの長身と生まれつきの褐色肌を隠すように背中を丸めて肌を隠す服を着て生きてきた日々。

 新米教師としてこの学園に赴任した9月から始まった異常な毎日――藤堂校長の事務的な調教、他の教師たちによる蹂躙、優秀な生徒たちに「個人指導」と称して身体を性的に消費され続けた空虚な時間――すべてが、目の前に立つ少年によって塗り替えられた。

 花梨は悟った。広告代理店での挫折も、新米教師としての絶望も、すべてはこの瞬間――伝次郎に、「角楯カリン」として処女を捧げるための準備期間だったのだと。

「……私の初めてだけじゃなくて、この先の人生も、すべてあなたに捧げるわ……先生が、望むならだけど」

 魂の告白を聞いた瞬間、伝次郎の巨躯が歓喜に震えた。花梨の前で、巨体を倒してゆっくりと膝をつき、床に額を擦りつけるように跪いた。

「カリン様……本物の、褐色の狙撃手……俺の推しを、現実にしてくれた……」

 巨大な獣が女神に命乞いをするような、異様で滑稽な献身の姿。その瞳は、涙で濡れながらも狂おしいほどの充足に満ちていた。

「今日からは、もう誰にもあなたを触らせない。校長も、他の生徒も関係ない。あなたは俺だけのカリン様だ」

 伝次郎が立ち上がり花梨の身体に手を伸ばした。柔道で鍛えた重い質量が、花梨の170cmの身体をそれ以上の体躯と絶対に逃げられない力で包み込む。

 花梨は小さく頷き、唇を湿らせた。
「……はい、先生。ターゲット……確認み。処女を捧げる任務……遂行します!」

 二人の間に、これまでの職務としての関係はもう存在しない。あるのは、互いを独占し合うという狂おしいほどの歓喜だけだ。

 褐色の肌が月光に照らされ、蜜色の甘い輝きを放つ。後ろで何度も繋がってきた二人が、ついに真実のひとつになる瞬間。

 二人の唇が重なり合い、礼拝堂に湿ったキスが響き始めた。
 一年前、絶望の中で始まった新米女教師・花梨の堕落の物語が、今、最高のシチュエーションと独占欲に満たされた甘く淫らな儀式へ収束していく。

 この1年あまりの出来事が、花梨の脳内に甘美な痛みとともに鮮明に蘇る……。

error: Content is protected !!