小説の未来について思うこと:「文字を読む」から「物語を体験する」コンテンツへの進化を願って

 趣味の一つとして、僕はこれまで小説をそこそこ読んできました。しかし最近、あまり読まなくなってしまったんです。
 より正確に言えば、「新刊の小説を定価で買って読む」ことが減りました。それは紙の書籍でも電子書籍でも変わりません。

 理由は大きく2つあります。
ひとつは、小説の値段、特に文庫本の値段が上がったこと。
もうひとつは、「小説家になろう」をはじめとした「無料で面白い小説を読めるサイト」が増えたことです。

 ただ、ここには欠点もあります。
「なろう系」の小説は大好きで有名なものはほとんど読んでいます。でもそれ以外の「本屋大賞」系などの恋愛小説やミステリー小説、ヒューマンドラマも好きなのです。
 そういうジャンルの優れた作品は無料サイトでは見つけにくいのが現状です。そうした作品は図書館やブックオフ、あるいは電子書籍のセールで安く読むようにしています。

 最近、いち読者として、こんな懸念が頭をよぎるのです。
「このままでは、なろう系以外の小説は『死んで』しまうのではないか?

 そこで、現状の小説出版界はどうなっているのか。「需要」「供給」「インフラ」の3点から整理しつつ、こういう形になってくれたら嬉しい、という未来像を書いてみることにしました。僕自身がこれからも小説を楽しみ続けたいですからね。

1.【需要】「読書離れ」は本当でしょうか?

 まず、「小説を読みたい人がどれくらいいるのか」を見てみます。
昨今、「若者の読書離れ」が叫ばれますが、データを見ると少し印象が変わります。むしろ本を読んでいないのは「大人」の方のようです。

・大人の不読率
文化庁の調査(2024年公表)では、月に1冊も本を読まない人の割合は62.6%で、これは過去最多だそうです。

・子供の読書率
一方で全国学校図書館協議会の調査(2024年)では、小学生の不読率はわずか6.4%でした。ほとんどの子供は本を読んでいます。

さらに、Web上の「文字を読む需要」はものすごい規模になっています。

・「小説家になろう」は月間20億PVを超えていると言われます。
・「カクヨム」はユーザー急増中で、「魔法のiらんど」を統合し女性向けジャンルも吸収しました。
・「LINEマンガ / ピッコマ」などのノベル枠や、韓国発のWebtoon(縦読みマンガ)が巨大市場化しています。
・Z世代には「テラーノベル」のような吹き出し形式が定着しています。

 つまり、「読書離れ」の正体とは、「紙のパッケージとしての本からの離脱」であって、「活字からの離脱」ではないのだと思います。Webというフィールドにおいて、文字で物語を追う市場は依然として巨大なのです。

2.【供給】「電子」は小説を救えているでしょうか?

 21世紀に入り、紙の書籍売上は急速に縮小しています。2000年から2023年で売上高は約9,700億円から約6,200億円へと36%縮小しました。特に文庫本市場の落ち込みは激しく、この10年で20%以上縮小しました。
 では、その分を電子書籍がカバーできているかというと、残念ながらそうではないようです。

・マンガ市場
電子市場が紙の落ち込みを完全にカバーし、過去最大規模へ成長しました。

・小説(文字もの)市場
電子売上は横ばい(約600億円前後)であり、紙の減少を補填できていません。

 2023年の電子書籍市場は約6,449億円まで成長しましたが、その約88%はコミックが占めています。文字もの(小説など)はシェアの1割にも満たないのが現状です。
 マンガは電子化によってV字回復しましたが、小説はまだ「電子化の恩恵」を十分に受けられていないように見えます。

3.【インフラ】 リアルな「本との接点」は消滅しつつある

 では、本を届ける「場所(インフラ)」はどうなっているでしょうか。
ここには厳しい現実があります。

・書店の激減
 リアルな書店は、この20年で半減しました。2003年には約2万店ありましたが、2023年には約1万店になり、全国の自治体の4分の1が「書店ゼロ」です。

・古書店の減少
 かつて「安く本を買える場所」の代表だった古書店も減っています。ブックオフもピーク時の約1,000店舗から、現在は約740店舗ほどに縮小しました。昔ながらの古書店も後継者不足などで姿を消しています。

・図書館の課題
 図書館の数は増えています(2000年代初頭の約2,700館から約3,400館へ)。しかし、多くの自治体で図書購入費が削減されており、読みたい新刊は数ヶ月待ちということも珍しくありません。

 一方で、Web小説サイト(なろう系)や投稿作品数はバブル的に急成長しています。
 つまり、リアルな街角から「本と出会う物理的な場所」が消え、人々はネット上の「新しい場所」に流れているのです。
 しかし、そこにはまだ「既存の出版流通に乗っている小説」を読者が気軽に楽しめる環境が十分に整備されていません。

4.なぜ小説は「電子市場」で苦戦しているのか?

 なぜマンガと小説でこれほどの差がついたのでしょうか。僕なりに理由を考えてみました。
 それは、現在の電子小説が、紙の本とほぼ同じという割高感のある価格に見合う「付加価値」を提供しきれていないからではないでしょうか。

(1) 「紙のコピー」にとどまってしまっている
 現代人の生活スタイル(隙間時間・スマホ)に対し、既存の「本」のフォーマットは少し重く感じられます。
 今の電子小説の多くは、単に「紙の文字をPDF的に画面に映しただけ」に見えます。
 所有権(貸す・売る権利)がないにも関わらず、価格は紙と同等です。これではユーザーにとって、どうしても「紙の劣化コピー」に映ってしまうのかもしれません。
 実際、僕もスマホやメアドを変えたせいで課金したのに読めなくなった小説が何冊もあります。

(2) スマホとの相性(UI)の問題
 スマホの基本動作は、SNSやWebtoonに代表される縦スクロールです。
 一方、日本の電子小説はいまだに「縦書き・ページめくり」が主流です。この操作性の不一致が、ライト層にとって「読みにくい」「目が滑る」という壁になっている気がします。
 余談ですが、縦読みマンガとして描かれた『俺だけレベルアップな件』が紙の単行本マンガとしてわざわざ編集者が「ハサミで切って、紙のページに合うように並べ替えた」(コマ割りを再構築した)と知って笑いました。

(3) 「脳のコスト」が高い
 スマホの小さな画面では、想像力を使って文字を映像化する小説よりも、最初から絵で情報が入ってくるマンガの方が、脳の処理コストが低く「楽」に楽しめます。
 「小説を読む」という行為自体が、現代では帰宅の電車内などで楽しむには「疲れる」娯楽になりつつあるのかもしれません。


5.AIが示唆する「電子小説の進化」の可能性

 出版社の方々も、「書店の保護」や「紙の商習慣」など守るべきものがあり、簡単に変われない事情があるのだとは思います。
 でも、このまま手をこまねいていては、小説が「死んで」しまうのではないかと心配です。

 今、AIの登場と普及によって状況を変えるチャンスが来ているのではないでしょうか。
 これまではコスト的に不可能だった「付加価値づけ」が、AIなら容易に実装できるようです。
 「読む」だけの小説から、「読む・見る・聞く・選ぶ」コンテンツ、『プレイアブル・ノベル(体験型小説)』と呼べるような娯楽へと進化できるかもしれません。

 ひとりの読者として、こんな機能があったら嬉しいな、という事例を挙げてみます。

1) UIの最適化(「情緒」より「快適」を)

横書き・スクロール標準化:スマホでの読みやすさを最優先にしてほしいです。英数字やURLとの親和性も高まる。

2)「わかりやすさ」の徹底サポート

ハイパーリンク化:登場人物名をタップすれば「ステータス・相関図」が出る。地名をタップすれば「地図・現場写真」が出る。

AIによる補助:難解な漢字へのルビ全付与、古典の現代語訳など、途中で挫折させないための「接待機能」。

3)五感を刺激する演出

マルチメディア化:道尾秀介さんの『きこえる』(文章と短編5編の音声を組み合わせた体験型ミステリー)のような音声活用や、『いけない』『いけないⅡ』(現場の景色や状況を映像のように描写し、謎を解く新感覚ミステリー)のようなビジュアル表現を、アプリの標準機能として実装する。

推理サポート:読書中に呼び出せる「アリバイ整理シート」や、過去のセリフを確認できる「証言リンク」機能。
 東野圭吾さんの『どちらかが彼女を殺した』や『私が彼を殺した』のような、読者自身が犯人を推理する小説においては、こうした機能が強力な武器になるはず。

4)「ゲームブック」的な現代的進化
・可変する物語:道尾秀介さんの『N(エヌ)』は、読む順番を読者が自由に選べる極めて実験的で革新的なミステリー作品ですが、こうした「章のシャッフル」や「選択肢による展開の変化」を、電子書籍ならではの機能としてスムーズに提供する。

不可逆の選択肢:『方舟』のような極限サスペンスにおいて、クライマックスシーンで、一度選んだらリセットできない選択肢を突きつけられたら、没入感はすごいことになる。

6.これからも小説を楽しみ続けるために

 もちろん、『コンビニ人間』のように、そのままのテキストを静かに味わうべき素晴らしい作品もあります。紙の本を愛するコレクターの方もいなくなりはしないでしょう。

 しかし、時代の変化に合わせて、より多くの人がいっそう楽しめるコンテンツとして進化させていくことが、小説界が緩やかな死に向かっている今、まさに必要ではないでしょうか。

 例えば、僕はトルストイの『戦争と平和』を挫折してしまいましたが、もし上記のような「相関図」や「注釈」がワンタップで出る電子書籍なら、もう一度挑戦してみたいと思うのです。

 マンガが「Webtoon(縦読みマンガ)」という形で読者のニーズに応え、市場を拡大させた事実は無視できません。それは小説にとっても重要なヒントになるはずです。

 オーディブルのように「読む」から「聞く」への変化も始まっています。
これからの小説が、紙をめくって目で追うだけのものから、「読む・見る・聞く・選ぶ」ことができる物語体験コンテンツへ進化してくれたら。

「出版社や作家さんが、そんな未来の小説づくりを始めてくれないかな」。
2026年の小説界には、いち小説ファンとしてそんな期待をしています。

 いえ、もしかしたら僕が知らないだけで、道尾秀介さんなどのように、そうした実験的な取り組みをされている方々が既に大勢、いらっしゃるのかもしれませんね。

補足:小説とは「人間心理を文章で表現したもの」だと考えています。

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