第3話:風邪引きバレンタイン②

 バレンタイン当日の地獄のような激務を終えたくるみは、ボロ雑巾のように疲れ果てていた。
 だが翌朝、俺が高級外車でアパートの前に乗り付けると、尻尾を振る子犬のような勢いで助手席に飛び込んできた。

「ぬし~! おはよーっ! 見て見て、これ! 頑張って作ったんだよ!」

 くるみが膝の上で大事そうに抱えているのは、丁寧にラッピングされた箱だ。
 中身を聞かずとも、車内に漂う甘く香ばしい香りで正体は知れる。

「チーズケーキか」
「そう! ぬし、チョコよりチーズケーキ派でしょ? マシュバラの頭の中でね、ずっとレシピ考えてたんだから!」
「仕事中に何を考えているんだ、お前は」

 呆れ半分でアクセルを踏む。
 見慣れたくるみの住む町の景色が後ろへ流れていく。
 毎日、あの巨大な城の陰で着ぐるみに身を包み、汗と結露にまみれている彼女を、今日と明日は俺が接待づけにしてとろとろに溶かしてやるのだ。

 多摩センターから町田へ抜け、横浜町田ICから東名へと滑り込む。
 大井松田の長い坂を登りきったあたりで、フロントウィンドウいっぱいに雪を冠った富士山が姿を現した。

「 ぬし、見て! 富士山、めっちゃ大きい!」
 助手席で身を乗り出すくるみを、俺は微笑みながら宥めた。
「あとでもっとよく見える場所に連れて行ってやる。だから落ち着け」

 沼津ICを降り、そのまま高架の伊豆縦貫道へ。
 最初の目的地は、伊豆長岡の「碧テラス」だ。

「わあぁ……ぬし、空をお散歩してるみたいだよ!」

 全長1800メートル。
 往復のロープウェイが急勾配を上がっていくと、くるみは子供のように窓に張り付いて声を上げた。
 眼下に広がる街並みが遠ざかり、圧倒的な富士山と駿河湾の景色が視界を支配する。

 山頂に降り立つと、2月の澄んだ空気が刃物のように肌を刺した。
 病み上がりのくるみが身震いしたのを見逃さず、俺は背後から自分のコートを広げ、彼女を丸ごと包み込むように抱き寄せた。

「ひゃっ……ぬし、あったかい……」
「風邪をぶり返されては困るからな。いいか、今日は俺から離れるな」

 テラスには洗練された水景が広がっていた。
 富士山を鏡のように映し出す、美しいウォーターエリア。

「見て、ぬし! プールの水が空と繋がってるみたい。すっごく綺麗……」
 彼女の瞳が、青い水面に反射してキラキラと輝く。

「綺麗だな。だが、俺が見ているのはお前だ」
「もうっ、ぬし、外だよ……!」

 顔を赤くするくるみを抱いたまま、富士を望むソファで熱いコーヒーを啜る。
 非日常の静寂が、彼女の脳を少しずつ、甘く麻痺させていっているのがわかる。

 俺の胸の中に収まったくるみは、絶景を眺めながら、ふと小さく呟いた。
「あんなに遠くまで見える場所で、私、毎日着ぐるみの足音しか聞こえない場所で頑張ってるんだなぁ……。なんだか、夢みたい」

 アクアリングで360度の風景を眺め、グランドループでくるみの写真を撮り、富士山を見ながら足湯で暖をとる。
 昼食は山麓のイタリアンで2月の限定メニューの牛肉と地野菜のポトフを味わった。

 次の目的地は河津七滝。
 ここは滝を目の前に望む絶景の混浴露天風呂がある。
 
 天城越えを経て午後2時過ぎに到着し、大滝温泉へ。
 くるみは、俺が買い与えたフリル多めのワンピース型のピンク色の水着を着て登場した。
 温泉に浸かっているときはいいが、移動時がめちゃくちゃ寒いから、肌をできるだけ隠すものにした。
 それでも……。

 「ここ、意外に寒いよぉ……」
 水着の上にバスタオルを巻いたくるみが、石の階段を降りながら身を震わせる。
 それもそのはずだ。目の前には、高さ30メートルから轟音と共に流れ落ちる巨大な滝。
 巻き上がる飛沫が、容赦なく冬の冷気を運んでくる。

「早く入れ。俺が温めてやる」
 俺たちは源泉の注ぐ湯船に滑り込んだ。
 足元から湧き上がる熱い湯と、頬を叩く冷たい飛沫。その強烈な温度差が心地よい。

「うわぁ……ぬし、音がすごいよ! 地面が揺れてるみたい!」

 目の前に落ちる「大滝(おおだる)」の轟音に、くるみが声を弾ませる。
 舞い上がる飛沫が、彼女の薄い水着に貼り付き、透き通るような肌をさらに露わにする。
 俺は彼女を背後から抱き寄せ、冷え切った肩に湯をかける。

「まだ寒いか?」
「大丈夫……あぁ……とける……。ぬし、これ最高だよ……」

 くるみがふにゃふにゃと俺の肩に頭を預けてくる。
 温泉の湯気で上気した彼女の肌は、桜の花びらのように淡いピンク色に染まっていた。
 俺は湯の中で、彼女のしなやかな腰を抱き寄せる。
 水着越しでも伝わる、柔らかくも弾力のある肉感。

「マシュバラの中より、ずっといいだろう?」
「うん。比べるのも失礼なくらい。風邪、本当に治ったみたい! ぬしのおかげだね」

 無邪気に笑う彼女の喉元を見つめながら、俺はわざと低く囁いた。
「そうか。なら、今夜は少しくらい激しくしても、文句は言わせないぞ」

 くるみは「えっ……」と顔を赤くし、そのままお湯の中に顔半分まで沈んでしまった。
 滝の荒々しいエネルギーに当てられたのか、くるみの瞳には微かな熱が宿っていた。
 俺は彼女の濡れた耳たぶを甘噛みし、耳元で低く告げる。

「この滝みたいに、一晩中お前を揺さぶってやるから覚悟しておけ」
「……ぬしのバカ。風邪引き、治ったばっかりなのに……っ」

 河津七滝を後にし、山あいの中の国道414号(下田街道)をさらに南へ下る。
 車内には、「おやつの時間」ということで、くるみが焼いてきてくれたチーズケーキの、濃厚なチーズのコクとレモンの酸味が広がっていた。
 くるみが口に運んでくれた一切れをパクり。彼女の不器用な献身が喉を通っていく。

「美味い!」
「でしょでしょ!? くるみ特製なんだから!」
「ああ、だがせっかくの夕飯が食べれなくなるからとっておこう」
「あそっか! 焼いてあるから2、3日は持つよ」

 そんな会話を交わしながら、今夜の宿、蓮台寺温泉の高級温泉宿に到着した。
 格式高い老舗旅館の佇まいに、くるみは緊張して背筋を伸ばす。

「ぬ、ぬし……ここ、お城みたいだよ。私みたいな着ぐるみアクターが入ってもいいの?」
「お前はアクターじゃない。俺の大事な女の子だ」

 案内された貴賓室は、竹林と池をかたわらに、1室50坪余の数奇屋造りに庭園を望む、露天風呂が付いた贅の限りを尽くした部屋だ。
 だが、くるみが真っ先に食いついたのは、部屋ではなく庭にある温泉プールだった。

「ぬし! プール! 冬なのに泳げるの!?」
「ああ。源泉を引いているからな。サウナもある」
「えっ! ぬし、早くいこ!」

 再び水着に着替え、俺とくるみは夕闇が迫るプールへと飛び出した。
 今度のくるみの水着は先ほどのものより露出多めな赤のビキニだ。
 クロスデザインでスカートも付いていて、「さっきのは野暮ったかったけど、これは可愛い!」とくるみも喜んで着ている。


 なぜ若い女の子は暖かさよりもデザインを重視するのか……。
 特にくるみは着ぐるみの中が日常なだけに、解放感のある服装や場所を好むとはいえ……。
 だが、俺の目にもこちらのほうが眼福だ。

 2月の午後5時の山の中は陽が落ちて真っ暗。
 冬の冷たい空気と、温かいプールの水。
 ライトアップされた水面が揺れ、湯気が幻想的に立ち上っている。
 温泉やスパに行っているのか、平日の月曜日のせいか、プールは貸し切り状態だった。

 その中をくるみは人魚のように泳ぎ回り、俺に向かって温水を跳ね返してくる。
「ぬし、こっちおいでよー!」
 俺は楽しげに笑う彼女に負けじと温水をかける。

 数分後、むきになって温水を掛け合った二人は温泉プールに仰向けでプカプカと浮いていた。

「……くるみ。サウナ行こうか」
「……うん、無駄に疲れた……」

 俺たちはフィンランド式のケロサウナとローマ式のアロマサウナで休憩しながらじっくりと暖をとった。


 部屋に戻って一息つくと、豪華な夕食の時間がやってきた。
 金目鯛の煮つけ、伊勢海老の活造り、鮑の踊り焼き……。
 伊豆の極みをこれでもかと詰め込んだ料理を、くるみは「おいひぃ……ここはどこ……てんごく……?」と涙目になりながら平らげていった。

 その後、さらに部屋付きの露天風呂に二人で入浴。
 くるみは恥ずかしがっていたが、明かりを消すと、俺の隣にそっと寄り添い、頭をこてりと預けてきた。

「……ぬし……ありがとう……」
「うん? なんのことだ?」
「私が弱ってるから、急遽旅行に連れてきてくれたんでしょう?」
「……いいや、ただ俺が温泉に入りたかっただけだ。一人じゃつまらないからな」
「ふふ、じゃあ、そういうことにしておくね……でも、あたし、なにもお返しできないよ?」
「そんなことはないぞ? この身体でたっぷり払ってもらうからな」
「もう……ぬしにはそんなセリフ似合わないよ……」
「……そ、そうか?」
「そうだよ……もう!……それに、むしろあたしがぬしを欲しいもん」
「お、おお……」
「先に上がって準備するから待っててね」
「ああ」

 俺がのぼせそうになっていると、ようやく、くるみが俺を呼んだ。
「待たせてごめん、いいよ、きて……」

 バスタオルを巻いた俺がベッドルームに入ると、部屋の明かりを落とし、月の光が差し込む静寂の中に、真紅のリボンだけを身体に巻き付けたくるみが紅潮した顔で横たわっていた。
 
「くるみ……その恰好は……もしかして?」
「うん、べただけど、バレンタインデーの贈り物。あたしを食べて、ぬし」

 湯上がり特有の、桃色の湿り気を帯びた肌。
 乳首や秘所を巧みに隠し、身体の前にきれいな結び目を作って美しくセクシーな見栄え。
 赤い口紅が映え、甘い香水も匂わせている。

 くるみは、自分がどれほど煽情的な姿をしているかも分かっていない様子で、所在なげに指をもじもじと動かしていた。

「ねぇ、ぬし。どう? 興奮する?」
 上目遣いで尋ねてくる声が、熱っぽく震えている。

「……ああ、すごく、セクシーだ」
 耳元で囁くと、くるみは「ひゃ……っ」と可愛らしい悲鳴を上げて首筋をすくめた。
 鼻腔をくすぐるのは、香水と彼女自身の体温で甘く熟したような、抗いようのない女の匂い。

 俺はまず、鎖骨のあたりで結ばれたリボンに指をかけた。
 スウッ……。
 滑らかなサテンが、彼女の柔らかな肌の上を滑る。
 そのわずかな摩擦にさえ、くるみはビクンと背中を跳ねさせた。

「あ……っ、ぬしの指……そこ、あついよ……」
「冷え切ってた多摩センターの時とは大違いだ。……ここも、こんなに熱を持っている」

 リボンの隙間から、露わになった胸の先端を軽く指先で弾く。
「ふあぅっ!?」と、彼女は口元を押さえてのけぞった。

「ダメだよ、くるみ。勝手に動いたら、リボンが食い込んで跡がつく」
「……だ、って……ぬしが、いじわる、するから……っ」

 潤んだ瞳で睨んでくるが、そんなものに効力はない。
 むしろ、もっといじめてやりたいという加虐心を煽るだけだ。

 指先が、リボンの隙間から覗く蕾に触れた。
 温泉でふやけた先端は、驚くほど敏感に尖っている。
 弾くように、転がすように愛撫すると、くるみは背中を大きく反らせ、鼻にかかった甘い悲鳴を上げた。

「あぁっ! ぬ、ぬし……そこ、だめぇ……っ。くるくる、しちゃう……っ」
「いいんだ。そのままくるくるぱーになるんだ」

 俺は彼女の太ももの付け根に触れる。
 滑らかなサテンが、彼女の最も秘められた場所に触れるたびに蜜が溢れ出し、リボンの色をいっそう濃く変えていく。
 指を一本、二本と、ぬめる熱の中へと沈める。

「んんっ、あ……あぁっ! お腹のなか、ぬしの指で、いっぱい……っ!」
「まだ足りないだろう? マシュバラの中で汗をかいている時よりも、ずっと熱くて……いい匂いがする」

 俺の指が、彼女の奥にある最も柔らかな壁を執拗に抉る。
 ふだんのくるみとは違う大人の女の色気に俺が自制心が効かなくなっていた。
 彼女の熱をすべて奪い、俺の熱をすべて注ぎ込む。
 その濃厚な交換こそが、今この瞬間の真実だ。

 くるみの瞳は、快楽のあまり白濁し、視界の焦点が合わなくなっている。
 俺が指を動かすと彼女の小さな身体は震え、口元からは涎がひと筋こぼれた。

「ぬ、ぬし……っ、もう、わかんない……っ。くるみ、どこ、いっちゃうの……っ?」
「どこへも行かせない。俺の腕の中だけで、とろとろに溶けていろ」

 俺はリボンで縛られたままの彼女を押し倒し、己の熱りたつ分身をその最奥へと突き立てた。
 赤いリボンに縁取られている白い肌は、今や俺への期待で火照り、とろとろに溶けたチョコのような甘い空気を纏っている。

「あぁっ……! ぬ、ぬしぃ……っ!!」

 結合部からあふれる愛液が、畳に散らばったリボンを濡らしていく。
 一突きごとに、くるみの思考は細かく砕け、散っていった。
 もはや彼女の口から出るのは言葉ではない。
 ただ、俺の名を呼ぶ、壊れた楽器のような鳴き声だけだ。

 俺は彼女の耳元で、さらに熱く、深い声を重ねた。
「もっと鳴け、くるみ。……思考を手放して、俺の形だけを覚えておけ」

 ただ俺を求めて手を伸ばしてくるこの「贈り物」を、俺はしっかりと味わうべく、その唇を塞ぐ。
 そのまま腰を奥深くに打ち込み、欲望の塊を注ぎ込む。
 体内に俺の熱を感じたくるみは、耐え消れずに口を離す。

「くるみ、いく!いく!イクゥゥっ!」
 くるみの身体が弓なりになって硬直し、ガクガクと痙攣した。
 
 一晩中、俺は彼女を解き続けた。
 赤いリボンがすべて解け、彼女の身体にその跡だけが残る頃、くるみは完全に本能に支配され、ただ俺の愛撫を乞うだけの牝の人形へと成り果てていた。

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